睡眠薬・鎮痛剤・下剤の3つの薬剤が乱用されやすい理由

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はじめに

薬の乱用について、医師が解説します。

病気になってしまったり、つらい症状があるときに、お薬を服用すると楽になるかと思います。お薬は必要なときに服用して、必要がなくなれば服用しないのが一般的でしょう。

お薬には用法・用量が定められていて、臨床試験などを経て適切な用量や用法が決められています。効果と副作用のバランスを見ながら、最適な量が決められているのです。

ですが人によっては、お薬を用法や用量を守らずに服用してしまうことがあります。過剰に服用してしまったり、本来の使い方とは異なる用途で使ってしまいます。

このようなお薬の使い方を、「乱用」といいます。乱用を起こしやすいお薬としては、身近なものとして睡眠薬・鎮痛剤・下剤の3つがあげられます。

ここでは、乱用されやすい3つの薬剤についてみていきたいと思います。どうして乱用されやすいのか、そして乱用するとどのような影響があるのかをみていきましょう。

お薬の乱用とは?中毒や依存との違い

お薬の不適切な使用について考えていくときに、よく混同される3つの言葉があります。

  • 依存
  • 中毒
  • 乱用

この3つは似て非なるものですが、よく混同して使われています。まずはその違いを見ていきましょう。

依存とは、薬物の反復的な使用により脳機能に異常が生じ、薬物を使用する欲求をコントロールすることができない状態です。精神依存と身体依存があり、これらは薬物探索行動(お薬を探す行動)や離脱症状(薬が抜けることでの心身の不調)という形で表面化します。

中毒とは、薬の規定外の使用によって身体に有害なことが生じている状態です。中毒には、急性と慢性があります。急性中毒は、誰でもおこりえます。急性アルコール中毒などが良い例です。慢性中毒では依存になっていて、そのために繰り返し薬を使用することで生じている身体の慢性的な異常状態です。

そして乱用とは、薬物を社会的許容(用法・用量)から逸脱した目的と方法で使用することです。覚せい剤や大麻、未成年の喫煙や飲酒などは法で禁じられていますので、1度でも使えば乱用になります。また、市販されているようなお薬でも、用法や用量を守らないで使用することは乱用にあたります。

このように依存・中毒・乱用はそれぞれ、言葉の意味が異なります。乱用は依存の前段階であることも多く、最近の診断基準では薬物使用障害と、まとめて考えられるようになってきています。

日常で乱用につながりやすい3つの物質

乱用してしまう物質としては様々なものがあります。ニュースなどで見かける覚せい剤や大麻などの違法薬物も、もちろんその一つです。ですがこれらは通常、入手は困難になります。

日常で乱用につながりやすいのは、身の回りにある物質です。そのような日常で乱用につながりやすい物質としては、大きく3つがあげられます。

  • 睡眠薬
  • 鎮痛剤
  • 下剤

になります。

睡眠薬は、病院で受診しないと処方されないものが多いです。市販薬は高いということもあり、乱用されることはそこまでありません。近年は乱用されやすい薬物の販売が中止されたり、処方制限がかかるようになってきています。とはいえ、依然乱用は少なくありません。

鎮痛剤は、非常にありふれているお薬です。市販されている鎮痛剤もたくさんありますし、現在では医療用成分と同等のものが薬局でも発売されていたりします。とくに女性は毎月の生理などで鎮痛剤に対して抵抗が少ない方が多く、安易に使われがちです。このため、乱用につながりやすい薬物になります。

そして下剤です。下剤も市販薬がたくさんあり、身近で手に入りやすいです。下剤は身体に負担が少ないと思っている方も少なく、乱用につながりやすいです。やはり女性に多いのですが、ダイエット目的で下剤を乱用してしまうことが少なくありません。

このように、日常生活で乱用されやすいのは、睡眠薬・鎮痛剤・下剤の3つになります。これらのお薬は身近で手に入りやすく、このためストレス発散のために乱用されることもあります。これは、ある種の自傷行為ともいえます。

精神科入院患者さんで乱用されやすいお薬トップ5

それでは実際に乱用されやすいお薬には、どのようなものがあるのでしょうか。

2014年に厚生労働省が助成した研究で、精神科病院に通院中ないしは入院中の患者さん1579名を分析したものがあります。これによれば、乱用経験のある処方薬のトップ5は以下のように報告されています。

一般名 商品名 症例数
エチゾラム デパス 120例
フルニトラゼパム ロヒプノール・サイレース 101例
トリアゾラム ハルシオン 95例
ゾルピデム マイスリー 53例
バルビツレート系 ベゲタミン 48例

このように、いずれも睡眠薬がトップ5を独占しています。これには大きく2つの理由があるかと思います。

  • 睡眠薬は処方数が圧倒的に多いこと
  • 病院で治療中の患者さんが対象であること

これはあくまで、処方薬の中での順位になります。睡眠薬は処方数が圧倒的に多く、このため乱用されやすい薬剤といえます。実際には、鎮痛剤や下剤を市販で買って乱用されている方はとても多いです。

また、病院で治療中の患者さんであることも影響しています。クリニックと病院では、患者さんの層が異なります。クリニックでは社会生活をされている方が中心で、不安障害などの神経症圏の患者さんが多いです。このため、日常で手に入りやすい鎮痛剤や下剤の乱用を目にすることが多いです。

この統計では睡眠薬ばかりが乱用されやすいお薬としてクローズアップされていますが、実際の臨床では鎮痛剤や下剤の乱用もとても多いです。それでは引き続き、それぞれの薬物の乱用についてみていきましょう。

睡眠薬乱用

それではまず、トップ5を独占した睡眠薬についてみていきましょう。

まずは乱用されやすい睡眠薬について、詳しくお伝えしていきます。そのうえで、睡眠薬を乱用することの問題点についてみていきましょう。

乱用されやすい睡眠薬とは?

睡眠薬乱用は問題視されてきていて、最近では少しずつ規制がかかりつつあります。近年では大きく3つの睡眠薬に関する規制がなされました。

エリミンは、乱用されやすい薬物として有名なお薬でした。エリミンは真っ赤なパッケージが特徴で、「赤玉」という名称で呼ばれていました。エリミンはアルコールと併用することで作用が増強され、気分を高揚させて多幸感を得られる作用があります。

デパスは乱用されやすいお薬のトップになっています。向精神薬指定がこれまでなく、処方がしやすかったことも一因にはなっていました。精神科というよりも内科などの身体化で安易に処方され、依存してしまっている方が少なくありません。デパスは有用なお薬でもあるので中止にはなりませんが、処方が厳しくなりました。

ベゲタミンは、製造中止が予定されています。ベゲタミンは強力な睡眠薬で、どうしても不眠が改善しないときの切り札として使われているお薬でした。ですが安全性の低さや依存性の高さが懸念され、製造中止されました。

このように規制されていく風潮にはありますが、睡眠薬は適切に使えば有用なお薬ですので、これ以上の規制は現実的ではありません。トップ5に入ったほかのお薬についても順番に見ていきましょう。

第2位のロヒプノール/サイレースは、非常に強力な睡眠薬です。現在最もよく使われているベンゾジアゼピン系睡眠薬の中では、最も効果の強い睡眠薬です。ですから、頑固な不眠では頼らざるを得ないときも少なくありません。このような強力な催眠作用が犯罪に使われることもあり、別名「レイプドラッグ」とも呼ばれています。アメリカなどの海外では規制されています。

第3位のハルシオンは、強力な入眠作用の期待できる睡眠薬です。作用時間が非常に短く、効果が急激です。このため、副作用として健忘症状が多く、これを遊び目的で乱用され、「ハルシオン遊び」と呼ばれたりもしました。依存性も高いため、乱用されやすい睡眠薬になっています。

第4位のマイスリーは、もっとも処方数の多い睡眠薬といえます。特別にマイスリーが乱用されやすい要因があるわけではないのですが、処方数が多いということもあり乱用されることが多いお薬になります。

睡眠薬を乱用による問題点

このような睡眠薬ですが、乱用すると大きな問題があります。

睡眠薬を乱用することでの問題点としては、大きく2つがあります。

  • 依存を形成してしまう
  • 社会生活での損失から精神疾患が難治化する

まず一つ目は、規定の用量を超えて使用が続くことで、依存につながっていくことです。睡眠薬には耐性があり、使い続けていくと少しずつ身体が慣れていきます。乱用すると、耐性がつきやすくなってしまいます。

それだけでなく、身体は薬があることになれると身体依存が作られて、薬がなくなると心身が不調になる離脱症状が生じるようになります。精神的にはお薬に依存してしまうようになり、睡眠薬がやめられなくなってしまいます。

睡眠薬は大脳の機能を低下させ、理性が薄れていく可能性があります。このことを脱抑制と言ったりしますが、アルコールと似ているところがあります。アルコールが入ったことで羽目を外してしまうことがあるかと思います。睡眠薬乱用では、これに近いことが起こることがあります。

その結果、対人関係がうまくいかなくなったり、仕事や学業に影響が出たり、家族との不和につながってしまうことがあります。このように社会生活での損失が、さらに精神疾患を難治化させてしまいます。

鎮痛剤乱用

鎮痛剤とは、簡単に言えば痛み止めです。さまざまな用途で使われますし、解熱作用もあるため、解熱剤としても用いられます。現在の鎮痛剤の主流は、非ステロイド系鎮痛剤(NSAIDs)と呼ばれるものが多いです。

確かに鎮痛剤は炎症を抑え、痛みや熱を取り除く作用があります。ですが一方で、長時間の服用を続けることによってリスクが伴います。胃の粘液を弱めたり、損傷部位の血流を悪くしてしまったり、腎臓や肝臓にダメージをもたらします。

鎮痛剤乱用につながる一番の原因は、市販薬として簡単に入手できることがあります。女性は生理痛などで、痛み止めを使うことに対して抵抗が薄れていることも少なくありません。その他のお薬に関しては過敏なのに、鎮痛剤だけは安全と思い込んでいる方もいらっしゃいます。

このような特徴があるため、鎮痛剤は乱用されやすいです。乱用を続けていると痛みに対して敏感になってしまい、痛み止めをやめられなくなってしまいます。痛みとは関係なしに、乱用することで気分がスッキリするといった、ある種の自傷行為として用いられることもあります。

さらには、薬物乱用性頭痛といって、頭痛薬の慢性的な使用自体が頭痛の原因となっていることもあります。ですが、これはなかなか自覚できず、頭痛がするからさらに鎮痛剤を内服するという悪循環に陥っていることもあります。

詳しく知りたい方は、『痛み止めで逆に頭痛?薬物乱用頭痛について』をお読みください。

下剤乱用

下剤も市販薬があり、手に入りやすい薬です。市販されている下剤の多くは、漢方を主成分とした緩下剤です。下剤を乱用してしまう理由は大きく3つあります。

1つ目は、下剤を慢性的に使っているうちに、次第に直腸の神経がお薬の刺激に鈍くなってしまうことがあります。このためさらに便秘がひどくなり、さらに下剤が増えていくという悪循環に陥るケースがあります。

2つ目は、ダイエット目的です。体重を減らしたいという気持ちから、食べ物の吸収を抑えるために下剤を乱用してしまいます。

3つ目は、手に入りやすい薬ということでストレス解消として乱用してしまわれやすいです。鎮痛剤と同じで、一種の自傷行為として用いられることもあります。

下剤はこのように、便秘目的で使っていたのが次第に効かなくなってしまい、結果として下剤の乱用につながってしまうこともあります。ダイエット目的やストレス解消目的だとしても、下剤の慢性的な使用は悪循環をもたらします。

下剤を長期間使用していると、腸の神経が刺激に慣れてしまうようになります。すると、正常な刺激が加わっても排便が起きなくなってしまいます。初期の量ではなかなか排便が起きず、使用量がどんどんと増えていってしまうのです。

こうして下剤を乱用し続けると、身体にも悪循環が起こります。下剤によって、強制的に多くの水を便と一緒に排出してしまいます。つまり、水を身体の外に出してしまうのです。この際に、水と一緒にカリウムも排泄してしまいます。すると脱水状態になったり、電解質のバランスが崩れてしまいます。

水分が足りなくなると便が固くなり、便秘がひどくなります。また、カリウムの不足がすすむと腸の動きが悪くなり、倦怠感や脱力感がみられるようになり、不整脈などが起きやすくなります。

こうしてさらに便秘が悪化してしまい、下剤の乱用が悪循環してしまいます。確かに下剤を乱用すると、一時的に吸収は抑えられます。ですが結果的には、脱水や電解質異常によって肌はボロボロになりますし、便秘がひどくなって健康的に痩せることができません。ダイエット目的での下剤乱用はよいことがありませんので、絶対にやめましょう。

まとめ

日常的に乱用されやすい薬物として、睡眠薬・鎮痛剤・下剤があげられます。

睡眠薬は近年少しずつ規制がかけられてきていますが、乱用されることは少なくありません。なかには複数の医療機関を受診し、睡眠薬を重複処方されていることもあります。このような患者さんは要注意リストで、医療機関で出回っています。

鎮痛剤は、身体に負担が大きい薬であるのにかかわらず、身近なので安易に使われがちです。特に女性は抵抗感が少ない傾向にあります。

下剤は、便秘治療の延長としてや、ダイエット目的で乱用されることが多いです。

薬物の本来の用法・用量を守らずに使用することを乱用といいますが、乱用すると心身に悪影響が及びます。乱用は絶対にしないようにしましょう。乱用してしまっているのならば、主治医に隠さずに必ず相談してください。

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執筆者紹介

大澤 亮太

医療法人社団こころみ理事長/株式会社こころみらい代表医師

日本精神神経学会

精神保健指定医/日本医師会認定産業医/日本医師会認定健康スポーツ医/認知症サポート医/コンサータ登録医/日本精神神経学会rTMS実施者講習会修了

カテゴリー:コラム  投稿日:2020年9月21日

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