「月29万円の生活保護の母」は本当に苦しんでいる

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はじめに

生活保護の母から見える問題を、精神科医が詳しく解説します。

覚えておられるでしょうか?「月29万円の生活保護、それでも苦しいと訴える母」という朝日新聞の記事が世間を騒がせたことがありました。

生活保護の人が贅沢をしていると、数々のバッシングの意見がよせられていました。私はこのニュースのことをよく覚えていて、朝日新聞の報道をきっかけに様々なメディアで取り上げられていたと思います。その時に怒りを感じましたが、その矛先は母親ではなく、メディアに対してのものでした。

現状の生活保護には、疑問を感じることはとても多いです。生活保護を受けることに疑問を持つこともなく、できることをしようとしない人もいて、苛立ちを覚えることはあります。

しかしながら、生活保護が本当に必要な方もいらっしゃいます。今回バッシングされた「月29万円のお母さん」は、本当に苦しんでいる方だと思います。本当に困って、真剣に自分の窮状を訴えているのです。朝日新聞の記者の意図は違ったのかもしれませんが、その一家の家計が公開されたことで炎上し、ゆがんだ形で様々なメディアにとりあげられました。

ここでは、「月29万の生活保護の母」から見えてくる生活保護の実情をお伝えしたいと思います。

月29万円の生活保護の母とは?

朝日新聞の2013年3月6日付朝刊の生活面に大きくとりあげられた記事でとりあげられました。「貧困と隣り合わせ」というテーマでの記事なのですが、子供2人を育てる生活保護の母子世帯を取り上げられたものです。

月29万の生活保護費を受給していて、その家計が明かされてました。その内容が世間から反感をかい、テレビ番組でも取り上げられる騒ぎとなりました。テレビ番組では、半額のシールのはられた高級そうなお肉などが映像として取られ、お母さんが困窮を訴えている様子が映し出されました。

このニュースをそのままみると、このお母さんに腹が立つ方が多いと思います。インターネット上でも、「俺の給料より高い」「突っ込みどころが多すぎる」などといったバッシングの意見が相次いでいます。記事を抜粋して以下にご紹介します。

母親は2012年7月に夫と離婚し、中2の長女(14)、小5の長男(11)と3人で借家に暮らしている。しかし、養育費はもらっておらず、長女が不登校ぎみで、なかなか働きに出られないという。

生活保護は、司法書士の勧めで月に29万円ほどを受給するようになった。このうち、家賃5万4000円を除いた額で毎月やりくりをしている。

12年12月の家計簿を見ると、習い事などの娯楽費に4万円を使っているのが目立つ。長女は体操、長男は野球を習っており、月謝や道具、ユニホーム代、遠征交通費などに消えているそうだ。

また、被服費が2万円、交際費が1万1000円の出費がある。携帯電話代は2万6000円とかさんだが、これは子どもの携帯解約による違約金や自分の働き先探しにかかったと説明した。ただ、別に固定電話代2000円も支払っている。

習い事をさせるため食費は1日1500円以下に切り詰め、月に4万3000円に留めている。ただ、おやつ代7000円は別にねん出した。

それでも、1万5380円が手元に残った。これは、毎月1~3万円を長女の高校進学に備えて貯めているためだそうだ。

母親は、外食を止め、冷暖房は3人で一部屋を使うなど節約していると説明する。ただ、2人の子どもを塾に通わせられず、参考書もたまに買ってあげられる程度で、このまま保護基準が引き下げられたら、自分の食費を減らすしかないと訴えている。

メディアに出れることに違和感を感じませんか?

この報道を表面的に見ていると、「29万ももらってなんで生活できないんだ」と腹が立つのも無理はありません。住居費を除いて23~24万円の生活費があれば、十分生活できると思うでしょう。

ですが、あなたがこのお母さんの立場だったらと考えてみてください。何だか違和感を感じませんか?

こんな話、人様にはとても話せないと思いませんか?ましてや新聞社の記者に答えたり、テレビで顔を映されながら真剣な顔で「困っています!」と言えますか?多くの方は言えないと思います。

そこで「世の中をなめている」「甘えている」と感情的になってしまっては、物事の本質が見えなくなってしまいます。「どうしてこんなことが言えるのだろう?」「そこには原因があるのではないか?」と考えてみてください。

そうすると、「このお母さんは現実を理解できないのではないか」「何かしらお母さんの判断能力が低いのではないか?」ということに気づいてもらえると思います。

その場の状況を読んだりすることはおそらく苦手でしょう。また、物事をしっかり理解して判断する能力に課題を抱えている可能性が高いのです。そしておそらく、お金を管理する能力に課題を抱えているのです。彼女が精神科にかかっているかどうかは定かではありませんが、例えば軽度知的障害などがあって、もともと計画的に物事を考えられない可能生もあるのです。

このお母さんは、自分ができると思うことを精一杯やっているのだと私には映ります。お金の管理が苦手なのに、高校進学に備えて貯金もしているのですから。彼女の「困っている!」という声は、切実な真実の声なのです。

生活保護の私の患者さんの例をご紹介します

私の診ていた患者さんで、具体的に例をひとつあげてみましょう。

40代女性の方、もともとは看護助手として仕事もしていました。高度肥満の方で糖尿病をかかえています。うつ状態を契機に退職し、その後生活保護が長年続いていました。精神遅滞とまではいかないけれども、IQは低めの方です。

「お金が苦しくて困っている」というので、ソーシャルワーカーさんにお願いして家計簿を整理してもらいました。そして判明したのが、「タブレット端末の7台契約」です。ここまで聞くと、「これだから生保は税金で贅沢している・・・」と思う方もいるかもしれません。

冷静に考えてみてください。彼女はタブレット端末を7台も必要としているでしょうか?必要なんてないのです。実際に使っていたのは2台しかありませんでした。どうして7台も契約してしまったのかと彼女に聞くと、このように答えてくれました。

「契約特典にひかれて話を聞いてみたら、店員さんにすすめられて」

この契約のせいで彼女は月の通信費が6万にもなり、生活費がないと苦しんでいたのです。契約を解除しようにも違約金があるからできない・・・となっていました。さらには、店員さんに騙されたとは思っていないのです。

店員さんからすれば、「都合よくいった客」のひとりかもしれません。仕事としてあまり悪気なくやっていることが、知らず知らずに搾取になっているのです。

生活保護者の裏には、搾取している多くの人がいる

生活保護にはこのように、考えなければならない大切な問題があります。生活保護になってしまった経緯は人それぞれかもしれませんが、お金を管理する能力が課題を抱えている人も多いということです。

なかには真面目にコツコツ仕事をしてきたのに、不況のあおりでリストラに合い仕事が見つからず、身体も崩してしまってやむを得ず生活保護になってしまった・・・という方もいらっしゃるかと思います。しかしながら、お金をうまく管理できない結果として生活保護となる方も多いのです。

精神疾患の患者さんでは、とくにお金の管理が上手くできない方が多いです。どこまでを病気のせいにしていいのか難しいケースもありますが、病気のせいでうまくお金を管理できないことがあるのも事実です。

もともとの能力に課題をかかえているケースもあれば、気分の波をコントロールできない方もいます。病気のせいで判断能力が低下してしまっている方もいます。

このような方では、衝動的に無計画にお金を使ってしまうこともあります。それだけではなく、他人につけこまれて騙されてしまうケースもあります。その他人とは、生保をターゲットにしたビジネスのようなこともあれば、ごく普通の一般の方でもあるのです。

今回のメディアであっても、本人の理解力の乏しさにつけこんでいると考えることもできます。その後の彼女や家族がどのような生活をしているのかはわかりませんが、おそらく辛い思いもしたはずです。そして今でもインターネット上では、顔写真と共に悪口がたくさん書きこまれているのです。

こういった生活保護の方をどう守るべきなのか?

生活保護の問題がニュースで取り上げられるのは、大きく2つの観点からです。

  • 生活保護費の膨張
  • 弱者切り捨て

どちらが話題になる時も、お金の話に終始してしまうことが多いです。「生活保護費が3.8兆円になった!」「生活保護費の冬季加算引き下げ」など、議論されるのはいつもお金のことなのです。

確かにお金の問題も大切なことかと思います。しかしながら、どうして生活保護になってしまったかという本質的な部分は、「お金を管理する能力」にあるのです。極端な言い方をすれば、生活保護費を上げても下げても本人の苦しみはかわりません。与えられたお金の中で、同じように苦しむからです。

このように考えれば、お金を管理する能力が高まっていくことが、生活保護の方が困窮から抜け出すために最も大切なことなのです。

橋下さんが市長をされていた大阪市では、生活保護費の3万円分だけをプリペイドカードとして支給するモデル事業が検討されていました。利権の問題も大きく難しい部分もありましたが、非常におもしろい試みであったと思います。

平成25年に成立した改正生活保護法では、被保護者の生計を適切に把握することが義務となりました。その中での試みですが、生活保護の方の家計のビッグデータがとれれば、生活保護の方が陥りやすいお金の管理の課題が具体的に見えてくるかもしれません。

どうやったら生活保護の方が金銭管理を上手く行えるようになるのか、必要な方に公的なサポートを導入できる方法を、具体的に考えていく必要があると思います。

まとめ

ニュースなどで生活保護の生活ぶりが取り上げられることがあると思います。そのときには冷静に考えてみてください。テレビで撮影されていると分かっていて、通常は非常識なことなど言えません。そういう方は何らかの病気があると考えてほしいのです。

自分から生活保護を利用している人は、お金をちゃんと管理しながら普通に生活していたりします。世間でいう性格が悪いだけの人でも、どこまで病気と考えるか悩ましい時もありますが、その背景には精神疾患が隠れていることもあるのです。

生活保護の人が本当に困窮から抜け出すために最も大切なことは、お金を管理する能力が高めて行くことだと思います。

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執筆者紹介

大澤 亮太

医療法人社団こころみ理事長/株式会社こころみらい代表医師

日本精神神経学会

精神保健指定医/日本医師会認定産業医/日本医師会認定健康スポーツ医/認知症サポート医/コンサータ登録医/日本精神神経学会rTMS実施者講習会修了

カテゴリー:コラム  投稿日:2020年10月9日

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