双極性障害に抗うつ薬は効果があるのか
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はじめに
双極性障害は、躁状態とうつ状態という気分の波を繰り返す病気です。躁状態の症状が目立ちますが、患者さんの苦しみの深さも長さもうつ状態の方が長いのです。
双極性障害の治療は、気分安定薬が中心になります。しかしながら、うつ状態に効果のある気分安定薬は多くはありません。気分安定薬でうまくいかなかったときに抗うつ薬を使うべきかは、専門家でも意見が分かれています。
また、双極性障害では、合併症として不安障害がよくみられます。一般的に不安障害では抗うつ薬が効果的ですが、双極性障害の患者さんでは抗うつ薬は使うべきなのでしょうか?
ここでは、双極性障害における抗うつ薬の位置づけをお伝えしていきます。
双極性障害では抗うつ薬が使われるケースとは?
双極性障害では2つのケースで抗うつ薬が使われることがあります。
- うつ状態のとき
- 不安障害を合併した時
うつ病の治療では、抗うつ薬が治療の中心となっています。うつ病では、抗うつ薬の有効率は60~70%(プラセボ30~40%)となっています。双極性障害のうつ状態にも、効果が期待されて抗うつ薬が使われてきました。しかしながら、抗うつ薬が思ったように効かないことも多く、むしろ躁転などのリスクが知られていました。
双極性障害では、気分安定薬が治療の中心となります。しかしながら気分安定薬には、うつ状態に効果が期待できる薬が多くはありません。最もエビデンス(研究に基づく根拠)がしっかりとしているのはセロクエルで、それ以外にラミクタール、リーマス、ジプレキサなどで効果が期待できます。これらの薬で効果が不十分な場合、抗うつ薬が使われることがあるのです。
さらに双極性障害では、不安障害の合併が非常に多いです。不安障害の治療としては、一般的にはSSRIをはじめとした抗うつ薬が有効です。しかしながら、双極性障害では抗うつ薬にはリスクがあります。しかしながら不安障害による生活への支障が大きい場合、抗うつ薬が使われることもあります。
ただし、いずれも双極性障害Ⅱ型の患者さんに限ってです。双極性障害Ⅰ型の患者さんでは、躁転もしやすく、躁転してしまった時の損失が甚大です。双極性障害Ⅱ型の患者さんのうつ状態と合併症治療に限って、抗うつ薬が使われることがあります。
双極性障害では抗うつ薬はどんな問題を生じるか
抗うつ薬を双極性障害の患者さんに使うと、大きく3つの問題が生じます。
- 躁転
- 急速交代化
- 自殺
順番に見ていきましょう。
躁転
躁転とは、文字通り、躁に転じてしまうことです。抗うつ薬によってうつ状態から一気に躁状態になってしまいます。うつ病でも抗うつ薬が効きすぎて躁転してしまうことがありますが、双極性障害では躁転率が高いです。双極性障害の患者さんに抗うつ薬を使うと、およそ20~40%で躁転すると報告されています。
抗うつ薬によって躁転してしまう危険因子としては、以下があげられています。
- 双極性障害Ⅰ型>双極性障害Ⅱ型
- 三環系抗うつ薬・SNRI>SSRI>NaSSA
- 抗うつ薬の種類が多い
- 気分安定薬や非定型抗精神病薬と併用していない
- 女性>男性
- 双極性障害の家族歴
- 若年者
- 薬剤乱用の既往がある
- 過去に薬剤性躁転の既往がある
- うつ状態や躁状態を繰り返している
このため、抗うつ薬を使うとしても以下のことを守って使います。
- 気分安定薬や非定型抗精神病薬と併用する
- 三環系抗うつ薬やSNRIは避ける
- 抗うつ薬は単剤にする
- よくなったら早めに中止する
抗うつ薬のなかでもっとも躁転リスクが低いといわれているのが、NaSSAのリフレックス/レメロンです。SSRIの中ではジェイゾロフトやレクサプロが使われることがあります。離脱症状が少ないので、すぐに中止ができるためです。
急速交代化
双極性障害では、躁状態とうつ状態という2つの気分の波の間に、間欠期や維持期とよばれる気分の正常範囲である時期があります。この3つの時期(病相)を繰り返しているのですが、抗うつ薬によってこの期間が短くなってしまって気分の不安定さが増してしまうことがあります。
このような状態を急速交代化といいます。急速交代化は躁転と異なって、気分安定薬でも予防できません。ですから、急速交代化がみられたときには速やかに抗うつ薬を中止します。
女性や甲状腺機能障害があるケースで、急速交代化のリスクが高いといわれています。いずれにしても、抗うつ薬はできるだけ早く中止をするのが原則になります。
自傷・自殺
双極性障害では、特にうつ状態において自殺の危険性が高く、25~50%の患者さんが自殺企図に及ぶともいわれています。
抗うつ薬では、特に若い方に使うと、賦活症候群が引き起こされることがあります。賦活症候群とは、抗うつ薬の使い初めに認められる症状で、不安や焦燥感が、易刺激性や敵意が強くなり、衝動性が高まります。このため自傷や自殺につながることもあるのです。
躁とうつが混じった混合状態では特に危険で、抗うつ薬治療によって自殺念慮が4倍になるといわれています。
双極性障害のうつ状態に抗うつ薬は効果があるのか
双極性障害のうつ状態に抗うつ薬を使うべきかは、長年研究されてきました。うつ状態に対する治療選択肢としては、抗うつ薬を肯定する専門家も多かったのです。うつ病ほどの抗うつ薬の効果はないけれども、多少の効果はあるという認識されていました。
しかしながら、2007年に行われた双極性障害の大規模試験(STEP-BD)では、パキシルやブプロピオン(日本未発売)を気分安定薬に併用しても、有効性は認められないという結果になりました。双極性障害のうつ状態には、抗うつ薬の効果は乏しいということになります。
双極性障害はうつ状態の方が長い病気です。患者さんによっては、躁状態よりはうつ状態を何度も繰り返す方がいらっしゃいます。そのような方に抗うつ剤は使うべきなのでしょうか?
気分安定薬と抗うつ薬を併用しても、2か月以上安定させることができたのは15%にとどまるという結果がでています。抗うつ薬の再発予防効果は、さまざまな研究からは否定的となっています。むしろ急速交代化のリスクが高まり、気分不安定性が増すことが懸念されています。
このようにみていくと、抗うつ薬は双極性障害の治療においては使われるべきではないとう結論になります。しかしながら、一部の双極性障害の患者さんでは気分安定薬と抗うつ薬の併用が効果的です。
それを見極めるのは困難ですので、原則的には抗うつ剤は使わず、うつ状態がどうしても改善できない時のみ使うべきでしょう。うつ状態が改善したら、すぐに減量して中止するべきでしょう。
双極性障害に合併した不安障害に抗うつ薬は使うべきか
双極性障害では、不安障害の合併が非常に多いです。一般的にはSSRIをはじめとした抗うつ薬を使っていきます。しかしながら抗うつ薬には、上述したようなリスクがあるので積極的には使いません。抗うつ薬を使ったことで双極性障害が悪化すると、それによって不安障害などの合併症も悪化してしまいます。
双極性障害の合併症の治療には、まずは気分の安定を最優先させて気分安定薬を使っていきます。十分に使っていくことで合併症も改善することがあります。
それでも効果が不十分な時は依存性に気を付けながら抗不安薬を使っていきます。非定型抗精神病薬を不安障害の治療として使っていくこともあります。
このような治療を行っても不安障害が改善されず、かつその不安障害が生活に大きな支障を与えている場合、抗うつ薬も選択肢となります。リスクも加味しながら、抗うつ薬を使って治療していくべきかを検討します。
双極性障害では抗うつ薬はどのように使うべきか
これまで、双極性障害における抗うつ薬の功罪をみてきました。双極性障害では、抗うつ薬はできるだけ使うべきではないというのが趨勢になりつつあります。
しかしながら、実際の現場では抗うつ薬を使った方がよいと感じる局面が出てきてしまいます。そのような時には、リスクを最小限にして抗うつ薬を使っていく必要があります。これまで述べてきたことを踏まえて、抗うつ薬をどのように使うべきかを整理してみましょう。
- 双極性障害Ⅰ型では使うべきではない
- どうしても気分安定薬や抗精神病薬で効かなかった時だけ
- 必ず気分安定薬や抗精神病薬と併用して使う
- 使うとしたらNaSSAかSSRI(ジェイゾロフト・レクサプロ)を単剤
- うつ状態が改善したらすぐに減量中止すべき
- 急速交代化の兆しがみえたらすぐに中止
双極性障害Ⅰ型では、躁状態になった時の損失が甚大です。このため、双極性障害Ⅰ型には使うべきではありません。双極性障害Ⅱ型の患者さんに限って使われることがあります。
それ以外にも、躁転のリスクをできるかで抑えて使っていくべきです。気分安定薬や抗精神病薬と併用すると、躁転のリスクは半減するといわれていますので、必ず併用して使います。急速交代化の兆しがみえたら、すぐに抗うつ薬を中止します。
まとめ
双極性障害では、うつ状態のとき、不安障害を合併した時に抗うつ薬が使われることがあります。
双極性障害の患者さんに抗うつ薬を使うリスクとして、躁転・急速交代化・自殺のリスクがあります。
以下の注意点を守りながら、抗うつ薬を使っていきます。
- 双極性障害Ⅰ型では使うべきではない
- どうしても気分安定薬や抗精神病薬で効かなかった時だけ
- 必ず気分安定薬や抗精神病薬と併用して使う
- 使うとしたらNaSSAかSSRI(ジェイゾロフト・レクサプロ)を単剤
- うつ状態が改善したらすぐに減量中止すべき
- 急速交代化の兆しがみえたらすぐに中止
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カテゴリー:双極性障害(躁うつ病) 投稿日:2023年3月23日
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