パニック障害の症状・診断・治療
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パニック障害とは?
「パニック」という言葉は、日常のなかでもよく使われるかと思います。予期しないことが起きて混乱したときなどに使われるかと思います。
パニック障害の「パニック」は、日常でありふれたものではありません。「このまま死んでしまうのではないか」というほどの恐怖に襲われます。
パニック障害は、こうした突然に激しい恐怖と不安に襲われるパニック発作を特徴とする病気です。パニック発作が繰り返し起こることで、日常生活に大きな影響を及ぼす病気です。
パニック障害は、広場恐怖症と合併することが非常に多いです。広場恐怖症とは、「逃げ場がない」「自分でコントロールできない」と感じるような状況に対する恐怖症になります。そうした状況に直面したときに、パニック発作が誘発されてしまいます。
パニック障害になってしまうと、苦手な状況が近づくと不安が強くなり、避けるように行動してしまいます。少しずつ苦手な状況が広がり、生活が大きく制約されてしまうことも少なくありません。
このようなパニック障害ですが、お薬の効果を期待しやすい病気になります。ですが広場恐怖の克服には時間がかかることが多く、またパニック障害自体も、良くなったと思っても再発してしまうことが少なくありません。
広場恐怖が広がる前に早めに治療し、また焦らずにじっくりと治療することが必要な病気になります。
パニック障害について簡潔に知りたい方は、以下をお読みください。
パニック障害の症状
パニック障害の症状の流れを、図表にしてみました。
このようにパニック障害は、
- パニック発作
- 予期不安
- 広場恐怖
の3つが特徴的な症状になります。
この3つの症状が連鎖することが悪循環を引き起こします。苦手な状況を避けるようになり、ますます苦手意識が強まってしまうのです。
そして生活範囲が少しずつ狭まってしまい、学校や職場にいけなくなってしまったり、旅行や外出ができなくなってしまいます。ひどい場合は自宅にひきこもってしまったり、ストレスが蓄積することでうつ状態になってしまうこともあります。アルコールに走ってしまうこともあります。
パニック発作
パニック発作とは、突然に襲ってくる強烈な恐怖や不安になります。多くの場合、発作を繰り返すにつれて程度が強まっていきます。
激しい動悸や息苦しさといった身体症状とともに、「このまま死んでしまうのではないか」といったほどの、非常に激しい恐怖を感じます。なかには過呼吸をおこして、救急車で運ばれる方もいらっしゃいます。
なんらかのキッカケがあることもあれば、何もキッカケなくパニック発作が強まることもあります。パニック発作と診断するには、診断基準上ではキッカケのない不安発作が2回以上認められる必要があります。
パニック発作の症状は、
- 認知的症状
- 身体症状
の2つに分けられます。
認知的症状とは、
- 「自分をコントロールできない」「気が狂ってしまう」といった恐怖
- 「このままでは死んでしまうのではないか」という恐怖
こういった物事のとらえ方のゆがみが認められることになります。
そして不安を感じると自律神経が交感神経優位になり、過緊張状態になります。それによる症状が身体症状となります。
- 動悸や脈拍の増加
- 汗をかく
- 手足のふるえ
- 息切れや息苦しさ
- 息苦しさや喉の異物感
- 胸痛や胸苦しさ
- 吐き気や下痢
- めまいやふらつき
- 寒気や体のほてり
- しびれやうずき
- 現実感の消失・離人感(自分が自分でない感覚)
- 口の渇き
※DSM‐Ⅴでは、口の渇きを除く。
このように認知的症状と身体症状が悪循環となり、恐怖感があおられてしまってコントロールできなくなってしまうのがパニック発作です。なお症状の程度により、パニック発作は以下の2つに分けられます。
- パニック発作:4個以上の症状
- 症状限定発作:1~3個の症状
予期不安と回避行動
パニック発作を経験してしまうと、様々な不安に見舞われるようになります。
- 重大な病気があるかもしれないという不安(身体的不安)
- 自分を保てなくなることの不安(精神的不安)
- 周囲から悪く思われるという不安(社会的不安)
こういった不安につきまとわれて生活をしていると、
- いざというときに逃げ出せない状況
- 人から注目を浴びるような状況
などが苦手となってしまいます。こうした状況を前にすると、不安が高まるようになります。これを、予期不安といいます。
予期不安が高まると、そういった状況を避けようとしてしまいがちです。こうした回避行動をとってしまうと、次に同じ状況に直面したときには、不安がさらに高まってしまいます。
このようにして予期不安から回避行動をとり、それが予期不安を高めてしまうという悪循環を生じてしまいます。このことで少しずつ生活の範囲が狭まってしまい、自分が安心に思える生活圏の外に出れなくなってしまう方もいらっしゃいます。
このように回避行動は、予期不安を高めることでパニック障害を悪化させてしまう大きな要因となります。
パニック障害と広場恐怖
パニック障害では、広場恐怖が認められる方がとても多いです。
広場恐怖といわれると、「広いところが苦手」とイメージされる方が多いかもしれません。広場恐怖では、このイメージとはまったく反対になります。
広場とは、ギリシャ時代での広場(アゴラ)に由来しています。古代ギリシャでは、集会の場として広場を利用していました。
人がごった返して身動きが取れなくなりますので、その状況に対する恐怖のことを意味しています。
ですから広場恐怖は、自分がコントロールできない状況に対する恐怖のことで、
- 逃げ出すことができない状況
- 誰からの助けもない状況
に対して、極度の恐怖を感じてしまうことになります。
こういった状況を苦手とするのは自然なことですが、それが極度になってしまうと、日常生活に支障をきたします。
- 電車やバスに乗れない
- 飛行機に乗れない
- エスカレーターにのれない
- 美容院や歯医者が怖い
- 人ゴミが怖い
といった形で、苦手なことを避けてしまうことで生活範囲が狭まってしまうことも少なくありません。
このような広場恐怖は、パニック障害と同時に認められることが非常に多いです。パニック障害のような極度の恐怖を経験すると、自分がコントロールできない状況は苦手になってしまいます。当然と言えば当然かと思います。
ですからかつては、広場恐怖はパニック障害の症状の一部という考え方をしていました。しかしながら最近では、広場恐怖症として分けて考えることが多いです。パニック障害と広場恐怖症を合併している、と考えるのです。
このことはパニック障害を治療をしていく中で、「恐怖症」の克服を意識して治療することの大切さを意味しているのかと思います。
パニック障害をチェックする診断基準
こころの病気では、あらわれている症状を診断基準にあてはめていくことで診断することが主流となっています。
もちろん単純にそれだけで診断がつくわけではなく、実際には医師が患者さんとの診察の中で注意深く判断をしますが、ある程度診断基準に沿うことで診断のブレを少なくすることが目的とされています。
国際的な診断基準として、DSM-5やICD-10などがあります。そのうち、DSM‐5というAPA(米国精神医学会)による診断基準がわかりやすいので、こちらで紹介したいと思います。
- 繰り返される予期しないパニック発作
→パニック障害の症状は、繰り返されるパニック発作になります。1回だけの発作だけでは、パニック障害と診断されません。
そしてパニック障害の発作の特徴として、「予期しない」発作も認められることがあげられます。苦手な状況に直面したときの不安だけでなく、きっかけがなく急に不安に襲われることがあるのです。
睡眠時パニック発作などが特徴的で、深い眠りにあるときに突然に強烈な不安とともに目が覚めるのです。およそ3分の1の患者さんに認められるといわれています。
- 以下に述べる1つ、または両方が1ヶ月以上続いている。
① さらなるパニック発作またはその結果について持続的な懸念や心配
② 発作に関連した行動の意味のある不適応的変化
→パニック障害の中核症状として、予期不安と回避行動があげられます。①は予期不安、②は回避行動が中心になります。多くの場合、この両方が認められます。
- 物質または他の医学的疾患の生理学的作用によるものではない。
- 他の精神疾患の症状ではうまく説明できない。
→パニック障害と診断するためには、アルコールやお薬、その他のからだの病気ではないことが前提になります。
パニック障害が少なくなる45歳以降でパニック発作が認められたときは、慎重に他の原因を探る必要があります。
そして他の精神疾患でも、不安発作はよく認められます。しかしながらパニック発作という診断は、「予期しない発作を繰り返す」場合になります。他の精神疾患が原因で不安発作が生じている場合は、パニック障害とは診断されません。
広場恐怖症をチェックする診断基準
DSM-5の広場恐怖症の診断基準についてもご紹介していきます。
- 以下の5つの状況のうち、2つ以上について著明な恐怖・不安がある。
①公共交通機関の利用(自動車・バス・列車・船・航空機)
②広い場所にいること(駐車場・市場・橋)
③囲まれた場所にいること(店・劇場・映画館)
④列に並ぶ、または群衆の中にいること
⑤家の外に一人でいること
→広場恐怖症の診断基準では、具体的に苦手な状況が列挙してあります。これらはいずれも、「自分がコントロールできないこと」に対する恐怖が関係しています。そういった状況に直面すると、強烈な恐怖に襲われます。
診断基準で2つ以上となっていますが、これは同じようなシチュエーションになれば恐怖が起こるという再現性を意味しています。例えば、電車で恐怖が生じるだけでしたら、電車恐怖症ということになってしまいます。
- パニック様の症状や、その他の耐えられない当惑するような症状が起きた時に、脱出は困難で援助が得られないかもしれないと考え、これらの状況を恐怖し回避する。
→広場恐怖症の本質的な恐怖は、「逃げ出せない状況」や「助けを得られない状況」に対する恐怖になります。そしてこのような状況を苦手に思い、避けようとしてしまいます。
パニック障害の原因
パニック障害の治療を考えていくにあたっては、原因を理解いただくことも重要になります。
パニック障害はもともと、心の反応による心因性の病気と考えられていました。
しかしながら現在は、その背景に何らかの脳の機能的異常があると考えられています。
その理由としては、
- 抗うつ剤の効果が認められやすいこと
- 乳酸ナトリウムを注射することで、人工的にパニック発作を誘発できること
があげられます。
そしてこのような異常が生じる要因として、
- 遺伝要因
- 環境要因
の両方が関係していると考えられています。そのウエイトとしては、環境要因が7割ともいわれていますので、誰にでも可能性のある病気と言えます。
パニック障害は女性が男性の2倍発病しやすいなど、性別や人種によっても発病率が異なっています。とはいえパニック障害を生じやすい遺伝子が特定されているわけではなく、複数の遺伝子が重なり合って影響を及ぼすと考えられています。
環境要因としては、
- 性格傾向
- ストレス
- トラウマ
- 喫煙
- カフェイン
などが原因となるといわれています。このうちで、生活習慣で治せる部分としては喫煙とカフェインになります。
喫煙は、パニック障害のリスクとなります。タバコには様々な物質が含まれているので、何が悪さするかはわかっていません。しかしながら、
- ニコチンによる身体依存
- 呼吸機能の低下
ニコチンが身体に慣れてしまい、タバコを吸わないと不安やイライラが強まってしまいます。また呼吸機能が低下してしまい、脳内でも酸素が足りないと感じやすくなります。このため、呼吸困難感を増してしまいます。
コーヒーなどに含まれるカフェインですが、興奮物質として交感神経を刺激してしまいます。不安が高まりやすくなり、パニック発作を生じやすくします。
パニック障害の治療
パニック障害は、何らかの脳の機能的な異常があると考えられています。このため、お薬の効果が期待しやすい病気になります。
「お薬を使わないで治療をしていきたい」と望まれる患者さんも少なくありませんが、パニック障害ではお薬を使った治療を行っていくことをお勧めします。
他の不安の病気と比べても、お薬の効果が期待しやすい病気になります。
お薬を使っていくことで、パニック発作や予期不安といった症状が落ち着いていきます。
症状をコントロールできるようになると、安心感と回復への自信が持てるようになります。そのもとで精神療法を少しずつ行っていきます。
このときに広場恐怖を合併しているかどうかで、治療のアプローチが異なっていきます。広場恐怖がある場合、「自分がコントロールができない」状況に対する苦手意識を払拭していく必要があります。
このためには、そういった状況での成功体験の積み重ねが大切ですので、行動面を重視して精神療法を行っていく必要があります。
一方で広場恐怖症を合併していない場合は、どちらかというと認知的なアプローチが必要になります。物事のとらえ方を整理することで、不安が悪循環しないようにしていきます。
このような地道な積み重ねが非常に大切で、再発予防につながっていきます。パニック障害は比較的にすぐによくなることもあるのですが、再発率は高いです。女性では特に高いといわれています。
パニック障害の治療の進み方には個人差がありますが、少なくとも1年間はお薬を続けたほうが良いです。そして少しずつお薬を減薬し、経過をみていくのが一般的な治療となります。
広場恐怖症を合併している場合は、その恐怖の克服には時間がかかることが多いです。10年で半数の方が再発するともいわれていますので、お薬を飲み続けている方も少なくありません。
パニック障害の症状はすぐに落ちつくこともありますが、焦らずに治療を行っていくことが大切です。
パニック障害での薬の役割
パニック障害の治療でのお薬の役割について考えていきましょう。
パニック障害では、何らかの脳の機能的異常があることが示唆されています。このため、抗うつ剤の効果が期待できます。
お薬によってパニック発作を落ちつけることで、パニック障害の悪循環を断ち切ることができます。パニック発作によって予期不安が生じ、そのために恐怖が強まってしまいます。そのため苦手な状況を避けるようになり、さらに恐怖が強まってしまいます。
こういった悪循環に陥っていると、物事を悲観的にとらえてしまい、苦手なことに向き合うエネルギーも不足してしまいます。悪循環を断ち切ることで冷静さを取り戻し、恐怖を克服していくことができます。
この悪循環を断ち切るためには、パニック障害のお薬としては以下の2つの役割が期待されます。
- パニック発作を起こしづらくする
- パニック発作時にレスキューする
パニック発作は、抗うつ剤を中心とした薬物療法によって落ちつくことが多いです。しかしながら苦手意識はなかなかとれず、お薬だけでなく精神療法を積み重ねていく必要があります。
パニック障害の治療では、「余裕がある時は不安に立ち向かい、余裕がないときは無理をしない」が原則となります。そして成功体験を積み重ねていくことで、少しずつ症状を改善させていきます。お薬は恐怖に立ち向かっていく時に、鎧のような役割も果たします。
パニック障害で使われるお薬とは?
それではパニック障害では、具体的にどのようなお薬が使われるのでしょうか。ご紹介していきます。
パニック障害の患者さんの脳では、恐怖に関係している脳の偏桃体という部分の過活動が確認されています。それ以外にも、海馬や視床下部、青斑核などの活動が活発になっています。
これによって、以下の3つの脳内物質が関係しているといわれています。
- ノルアドレナリン
- セロトニン
- GABA
とくにノルアドレナリンの過剰な分泌がパニック障害と関係していると考えられています。ノルアドレナリンは青斑核という部分から分泌されますが、セロトニンとバランスがとられています。パニック障害では、ノルアドレナリンに傾いた状態になっていると考えられています。
このためパニック障害では、セロトニンを増加させる抗うつ剤の効果が期待できます。ですが抗うつ剤は効果に時間がかかることが多いため、即効性がある抗不安薬が併用されることが多いです。
抗不安薬はGABAの働きを強めるお薬で、パニック障害の患者さんの偏桃体などでは、GABAの働きが低下していることが分かっています。抗不安薬は即効性があるため、パニック発作が起こった時のレスキューとしても使われます。
抗うつ剤(SSRI)
パニック障害では、セロトニンを増やす作用のある抗うつ剤が中心となります。
パニック発作そのものを落ち着ける働きが期待できますし、苦手な状況に対するとらわれを薄れさせていく役割も期待できます。
パニック障害で使われる抗うつ剤としては、セロトニンを増加させる作用の強いSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が使われることが多いです。
SSRIはその名前の通り、セロトニンだけを選択的に増加させるお薬です。SSRIは、以下の4種類が発売されています。
- パキシル(一般名:パロキセチン)
- ジェイゾロフト(一般名:セルトラリン)
- レクサプロ(一般名:エスシタロプラム)
- ルボックス/デプロメール(一般名:フルボキサミン)
このうちパニック障害に適応が認められているのは、
- パキシル
- ジェイゾロフト
の2剤になります。ですがその他のSSRIも海外では適応が認められていますので、実情としては患者さんごとに合ったお薬を選んでいきます。
SSRIが合わない場合は、その他の抗うつ剤を使うこともあります。しかしながらノルアドレナリンは不安を誘発することがあるので、セロトニンを増やす効果が強いものを選んでいきます。
これらの抗うつ剤が合わない場合は、
- SNRI:意欲低下が目立つ方
(イフェクサー・サインバルタ・トレドミン) - NaSSA:吐き気でSSRIが使えない方
(リフレックス/レメロン) - 三環系抗うつ薬:SSRIで効果が不十分な方
(アナフラニール)
抗うつ剤について詳しく知りたい方は、抗うつ剤のページをお読みください。
抗不安薬(精神安定剤)
効果の実感までに時間のかかる抗うつ剤に対し、抗不安薬では即効性が期待できます。不安や緊張を落ちつける効果が期待できます。
このため、不安が強まった時のお守りとしても使われますし、抗うつ剤の効果が出てくるまでの間の症状を緩和させるために使われます。
即効性を期待する場合によく使われるのは、
- リボトリール/ランドセン(一般名:クロナゼパム)
- レキソタン(一般名:ブロマゼパム)
- デパス(一般名:エチゾラム)
- ワイパックス(一般名:ロラゼパム)
- ソラナックス/コンスタン(一般名:アルプラゾラム)
になります。
そのなかでも、ワイパックスが使われることが多いです。ワイパックスは即効性はもちろんのこと、噛んでも甘さがあるので水なしでも服用できます。パニック発作は突然ですので、水なしでも服用できることは大きなメリットです。
それに対して予期不安は、時や場所を選びません。抗うつ剤の効果も期待できますが、即効性は期待できません。予期不安に対しては、一日を通して効果が期待できる安定剤が使われます。
そのような抗不安薬として、
- メイラックス(一般名:ロフラゼプ酸エチル)
が良く使われます。長時間作用するので、薬をやめていくときも体からゆっくりと抜けていき、やめやすいお薬になります。
抗不安薬ついて詳しく知りたい方は、抗不安薬(精神安定剤)のページをお読みください。
漢方薬
患者さんのなかには、漢方薬による治療を希望される方もいらっしゃいます。
パニック障害の治療では、SSRIなどの抗うつ剤の効果が他の病気よりも期待しやすいです。ですから基本的には、抗うつ剤を使っていくことをお勧めします。ただ、副作用や妊娠との関係、薬への不安が大きい場合などでは漢方薬を使っていくこともあります。
漢方薬は効果を見極めるまでに時間がかかり、不安にアプローチする精神療法と併用し、じっくりと治療に取り組んでいく必要があります。
パニック障害では、以下のような漢方薬が使われます。
- 柴胡桂枝乾姜湯:体力が低下し、不安が強い方
- 桂枝加竜骨牡蛎湯:フラッシュバックなどで消耗が大きい方
- 半夏厚朴湯:のどや胸に違和感がある方
- 加味逍遥散:女性で不安や神経症状が強い方
- 加味帰脾湯:疲れや食欲不振などが目立つ、不安の強い方
- 黄連解毒湯:神経が過敏になっている方
- 抑肝散:神経が高ぶり、イライラの強い方
- 抑肝散加陳皮半夏:上記で胃腸が弱い方
- 甘麦大棗湯:不安が強い方の頓服として
その他のお薬
パニック障害の患者さんでは、
- 抑うつ不安発作
- 怒り発作
といわれるような、悲しみや怒りといった強烈な感情を伴った不安発作が認めらることがあります。
このような発作が認められる場合には、抗精神病薬や気分安定薬が使われることがあります。またこういった場合だけでなく、抗うつ剤の効果が不十分なときに、その効果を増強させるために使われることもあります。
このように以下のようなケースで、抗精神病薬や気分安定薬が使われます。
- 落ち込みや怒りなどで情緒不安定が目立つとき
- 抗うつ剤の効果が不十分なとき
具体的には、
- 抗精神病薬:ルーラン・セロクエル・エビリファイなど
- 気分安定薬:デパケンなど
こういったお薬が使われます。
パニック障害の精神療法
精神療法は、パニック障害の症状がひどいときには逆効果になってしまうことがあります。ゆとりがない中で自分自身に目を向けても、建設的な考え方を進めていくのは難しいです。
このため精神療法を行っていくのは、薬物治療などによって心身の状態が落ちついてからが望ましいです。
パニック障害の精神療法を行っていくにあたっては、広場恐怖が合併しているかどうかで大きく異なります。
広場恐怖が目立たない場合は、お薬で症状をコントロールできれば通常の生活をおくれるようになります。ですから行動面というよりは、物事の考え方や不安になりやすさといった認知面にアプローチしていくことが中心になります。
その一方で広場恐怖が認められる場合は、行動面からのアプローチを中心になります。「習う(=認知)よりも慣れろ(=行動)」という形になります。
認知行動療法
認知行動療法とは、「認知」と「行動」に焦点を当てて進めていく心理療法です。
認知は、様々な人生での経験によって作り上げられてきたものです。客観的にみつめることで、よい部分を残しながら、マイナスとなっている部分を妥当なものに変えていきます。これによって、少しずつ行動が変容していくのです。
認知には、浅いレベルのものから深いレベルのものまでが、互いに関連しあいながら構造化されています。中核となる信念があり、その人なりのルールといった思い込みがあり、実際に頭に浮かぶ考えやイメージという自動思考があります。客観的にこれらを見つめていきます。
具体的な日常生活の出来事をもとに、上の図に当てはめて振り返っていくことで、時間をかけて自分自身の認知を理解し、それを少しずつかえて行動につなげていくのが認知行動療法です。
パニック障害の患者さんが混乱しているような状態の時は、まずは状況を客観的に整理する必要があります。
パニック障害の症状は一時的なものであり、その発作が少しずつ落ち着いてくることを伝える必要があります。そして、どんな場面で予期不安や発作がおきているのか、逃げてしまっていることはどんなことがあるかを整理します。少しずつ自分の心を客観的に振り返ります。
落ち着いてきたら、パニック障害が発症した背景を考えていきます。その原因はどんなところにあるのかを考えていきます。周りの物事に対しどのような見方をする傾向があるのかなどを探っていきます。偏った思考パターンがあってパニック障害につながっているときは、少しずつ認知を変えていきます。
例えば、パニック障害での不安を引き起こしやすい考え方としては、以下のようなものがあります。
- パニック発作を起こす可能性を過大評価してしまします。実際よりもパニック発作を起こしやすいと信じてしまいます。
- パニック発作によって起きることを、ひどく恐ろしいものであると誇張して考えてしまいます。パニック発作のせいで、実際以上にずっと永続的で深刻なことになってしまうと思い込んでしまいます。
- 自分の対処能力を過小評価していて、自分では対処できないと考えてしまいます。実際にはある程度は適切に行動できていることも少なくありません。
- 不安による様々な身体感覚について、過剰にとらえてしまいます。大したことでなくても、不快を通り越して危険と感じてしまいます。
暴露療法(エクスポージャー)
広場恐怖が認められる場合は、行動面からのアプローチが中心となります。暴露療法(エクスポージャー)と呼ばれる精神療法を行っていきます。
暴露療法とは、ざっくり言ってしまうと不安に慣れていく治療法になります。不安には、「2つの慣れ」があります。
- 不安は一時的に強まっても、時間がたつと和らいでくる
- 同じことを繰り返すうちに、不安が全体的に小さくなる
高所恐怖を考えてみるとイメージしやすいかもしれません。例えば、とび職や高層ビルの窓を清掃している方など、初めはおそらく怖かったはずです。繰り返すうちに不安がコントロールできるようになり、仕事ができるようになっているのだと思います。
このように不安は逃げずに立ち向かうことで、少しずつコントロールしていくことができます。
「逃げずに立ち向かう」と簡単には言ったものの、発作に襲われた恐怖感は簡単に拭いきれるものではなく、無理をして症状が悪化しては元も子もありません。物事には順序があります。まずは、苦手なもの、怖いから逃げてきたものをリストアップしてみます。
このように不安階層表を作り、取りくみやすいものを課題として順番に行っていきます。
この時に大切なことは、不安を押し殺そうとしないことです。「逃げ出せない状況」で不安を感じることは普通のことです。表面的に耐えるのではなく、自分の中にある不安な感情に慣れていくことが大切です。
いきなり行動するのが難しい方は、誰かに付き添ってもらったり、イメージから始めてみるのも方法です。できることから少しずつ始めていきましょう。
広場恐怖がある程度落ちついてきたら、
- 複数の刺激を同時に与えてみる
- やることリストを作って、どのような感情にも慣れさせていく
- 意識的に暴露する間隔を少しずつ開けていく
といったことを意識しながら、不安に対する耐性を強めていきます。
不安管理の方法
パニック障害では、不安はコントロールできるという感覚を身に着けていくことがとても大切です。不安をコントロールできる方法には様々あり、それを学んでいくことで暴露療法などの精神療法がすすめやすくなります。
代表的な不安管理方法をご紹介します。
- 自己強化:達成出来たらご褒美をあげることで、好ましい行動を強化する
自己強化とは、上手くいったら自分にご褒美を上げるということです。苦手な状況での成功体験を積んだら、「私はよくやった!」とほめ、自分にご褒美をあげます。
- 自己教示:恐怖を打ち消す言葉を唱えることで、行動を強化する
自己教示とは、不安を前にしたときに恐怖を消すような言葉を唱えることです。「大丈夫、大丈夫」「なんてことない」といったように自分に言い聞かせ、恐怖に立ち向かうようにします。
- 選択的注意の方向がえ:自分の身体への注意を減らし、外に向ける
いろいろな物事がある中で、意識が向けられていることを選択的注意と言いますが、パニック障害の患者さんでは身体感覚や症状に注意が向いています。
息苦しさや動悸、汗やめまいといったことに注意が向いてしまうことで、不安がエスカレートしてしまいます。この注意を身体の外に向けていく練習をします。
まずは目を閉じて、注意を身体の中の感覚向けて集中します。1~2分したら目をあけて、まわりの興味をひくものに注意を集中します。このように、注意を切り替える練習をします。
- 思考中断:恐怖はすぐになくせるということを体験する
思考中断によって、恐怖心はすぐになくせるものだということを体験することができます。
例えば恐怖を感じているときに体をつねると、痛みで恐怖がなくなります。このようにして恐怖は頭の中で作られていて、それがなくなれば落ちつくということを訓練していきます。
- 行動実験:不安や認知によって、体の症状が生じることを理解する
行動実験とは、パニック発作の状況に近い状況を再現し、それが少しずつ落ちついてくることを確認していくことです。
例えばダッシュをすると心臓がバクバクしますが、時間がたてば落ちつきます。パニック障害では、自分の認知や不安によって症状がエスカレートしてしまうことを学習します。
パニック障害を克服のためには生活習慣も大切
パニック障害はお薬の効果が期待できる病気ではありますが、生活習慣を見直すことはとても大切です。
生活習慣を整えることで、不安や緊張が高まりやすい状態が落ち着きます。これによってパニック障害の症状が改善していくこともあります。
また、生活習慣を整えることでストレスが軽減し、再発予防にもつながります。生活習慣は「習慣」ですから、改善には根気がいりますが、改善できればそれが習慣として当たり前になります。
ご自身の生活習慣を見直してみましょう。
- 睡眠の安定
- 不規則な食生活
- 運動習慣
- カフェインの摂取
- 喫煙
- 飲酒
パニック障害での仕事や学校に対する考え方
パニック障害の患者さんは、仕事や学校などの社会生活で負担を感じている方は少なくありません。
パニック障害の患者さんが職場で苦手とする具体例としては、
- 通勤
- 出張
- 会議
- 予定外の業務
- 属人的業務
- 納期のある業務
などがあげられます。こういった苦手な状況は、練習の場としていくことができれば治療的です。
しかしながら以下のような場合は、無理をするべきではありません。
- 「何とかなる」と思えない
- 徐々に悪化している
- うつ状態になっている
こういったときは無理をせず、仕事や学校での負荷を軽減して休んだほうが良いです。そして落ちついたら、仕事や学校を練習の場としてパニック障害を克服していくべきです。
職場や学校でパニック障害のことを伝えるか、悩まれている方も少なくありません。できれば共有したほうが、治療的ではあります。「誰からも助けが得られない」という状況が和らぐため、暴露療法がすすめやすくなります。
しかしながら誤解されてしまうことも少なくないため、パニック障害を共有するべきかは患者さんご自身の意向によるところが大きいです。
パニック障害での家族の接し方
パニック障害の患者さんのご家族から、どのように本人に接したらよいかわからないという相談をよく受けます。
体の病気では明確かと思いますが、パニック障害などの心の病気は、経験したことがない人はなかなか想像することができません。ですから患者さんの状況にたって、想像してみましょう。
- 出来るだけ無理させない接し方
- 普通の接し方
- 叱咤激励する接し方
あなただったらどの接し方を望みますか?
おそらく普通の接し方を望まれる方が多いと思います。腫れものを扱うように切歯られたり、「パニック障害は気持ちの問題だ」と叱咤激励されてしまうのは、患者さんの目線に立てばツライのが想像できると思います。
ですから、「いつもと変わらずに普通に接してくれること」が何より気持ちが楽になるのです。いつもと同じ家族として接していただき、調子が悪そうなときは無理をせずにそっとしておいてくれる、というのが理想です。
パニック障害の治療という観点では、
- 生活リズムを整えること
- アルコールやタバコを控えること
この2つを家族が支えていただけると良いかと思います。
とはいってもガミガミ言う必要はありません。本人のペースに合わせて、少しずつ本来の生活リズムに合わせていく感覚で接してください。アルコールやタバコについても同じように、量が増えないかを見ていてください。
パニック障害の治療にあたっては、
- お薬の管理を手伝っていただくこと
- 恐怖に立ち向かうときにサポートすること
を必要に応じて行ってください。
パニック障害の治療薬の中心となる抗うつ剤は、飲み忘れなく続けていくことで効果が安定します。そして恐怖に立ち向かうときに、家族の付き添いの安心感が必要になることもあります。
もしもパニック発作がおきてしまったら、以下のことを意識してください。
- そばにいて、安心するよう声掛けをする
- 息をゆっくり吐かせて呼吸を整える
- 頓服薬をのませる
- 圧迫感のない落ちついたところに移動する
症状の激しいパニック発作はビックリするかと思いますが、後遺症を残すものではありません。家族も慌てずに対応してください。
パニック障害での妊娠・出産・授乳中での治療
パニック障害は、男性よりも女性が2倍ほど多い病気になります。そして発症年齢も20~24歳が平均といわれていて、まさに妊娠出産適齢期の女性に多い病気になります。
ですから、女性のライフサイクルと重なってパニック障害を発症し、悩まれている方も少なくありません。
パニック障害の治療に当たっては、「妊娠・出産は計画的にしていくこと」がとても大切になります。計画に合わせてお薬を調整していくこともできますので、医師に相談してください。
妊娠や授乳へのお薬の影響は、それぞれのお薬の紹介ページの末尾にまとめています。ご興味ある方はご参照ください。
妊娠中の治療と考え方
妊娠はお母さんにとって、大きな変化があります。それはお腹が大きくなったり、つわりで苦しめられるといった体の変化だけではありません。妊娠が順調に進むのかという不安、出産に対する不安、親になるという不安、仕事に対する不安などが重なります。
このようにストレスばかりですから、妊娠するとパニック障害が悪化してしまうように感じるかもしれません。ですがむしろ、妊娠中は症状が安定される方が多いように感じます。
妊娠中に増加するホルモンのプロゲステロンには、抗不安作用があることが報告されています。妊娠中に精神が安定するようなメカニズムになっているのだと思います。
お薬に関しては、
- 妊娠の初期:奇形のリスク
- 妊娠の後期:生育への影響
が考えられます。
パニック障害でメインで使われる抗うつ剤では、パキシルと三環系抗うつ薬に奇形のリスクが多少なりともありますので、避けたほうが良いかと思います。いわゆる安定剤は、かつては口唇・口蓋裂のリスクが高まるといわれていました。近年では特に大きな影響がないと考えられるようになってきています。
妊娠の後期では、赤ちゃんに胎盤を通してお薬が伝わっていきますが、基本的に後遺症を残すようなものではありません。出産したときにお薬の影響で赤ちゃんの筋肉の緊張がなかったり、急に薬の影響がなくなることで赤ちゃんに離脱症状が起こってしまいます。事前に産科の先生がお薬の影響を知っていれば、出産後に対処できることがほとんどです。
リスクが少ないといっても、お薬はできるだけ少なくしていきます。メリットとデメリットを天秤にかけて、患者さんと相談しながらお薬を使っていくか決めていきます。漢方治療などに切り替えることもあります。
そして妊娠中は、精神療法は無理をしなくても大丈夫です。現在の生活パターンを変えずに過ごしていけば大丈夫です。そして可能な方は、里帰り出産をされることが多いです。実家の両親のもとですと、やはり安心感があります。
出産後・授乳中の治療と考え方
パニック障害は、妊娠中よりも出産後に悪化することが多いです。出産後は、様々なことが一変します。
妊娠中から子育てのイメージをされているかと思いますが、実際に体験するのは全く異なります。そもそもマタニティブルーや産後うつ病といった病気があるように、出産後は精神状態が不安定になりやすいのです。パニック障害も、出産後に悪化することが少なくありません。
しかしながら、授乳についても考えていく必要があります。基本的に授乳に関しては安全性が高いお薬が多いですが、たいていの添付文章には、「授乳は避けさせること」と書かれています。
母乳で育てていくかどうか、そして母乳の場合にお薬を使っていくかどうかは、パニック障害の程度とお母さんの考え方を踏まえて方針を決めていきます。
薬を服用しながら母乳保育をしていく場合、できるだけ安全なお薬(ジェイゾロフトなど)を使っていきます。そして授乳した直後に薬を服用するなど、少しでも薬の影響を減らします。
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カテゴリー:パニック障害 投稿日:2023年3月23日
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