恐怖症性障害の症状・診断・治療
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恐怖症性障害とは?
恐怖症性障害は、ある特定の状況や対象に過度な恐怖を感じ、その恐怖によって生活や精神状態に支障が生じてしまう病気の総称です。
○○恐怖と呼ばれるものはその内容や状態により、単一の恐怖症、社交不安障害、強迫性障害、広場恐怖症、妄想性障害など、色んな病気の症状として診断がつきます。
一般的に○○恐怖症と呼ばれているものはたくさんあり、学術用語として記録されているものだけでも200種を超えると言われています。高所恐怖症や対人恐怖症などは、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
しかし、それらすべてが独立した正式な病名というわけではなく、状態によって様々な病気の症状として診断されることも多いのです。
とはいえ、恐怖は人間だれしも抱える自然な感情の1つです。程度に差はあるにしても、まったく恐怖を感じない人はいないでしょう。多くの方が「自分は○○恐怖症だ」と口にしたりします。
しかし、それらすべてに治療が必要なのかと言うと、そんなことはありません。○○恐怖症を抱えていても、普通に生活を送っている人がたくさんいらっしゃいます。
では、どんなときに治療がすすめられるのかと言うと、その恐怖が一般の程度に比べあまりに強く、
- 本人や周囲の人が非常に困っている
- 日常生活や仕事に大きな影響が出ている
のいずれかに当てはまるときです。
恐怖は誰しもが抱える感情だからこそ、普通と病気の線引きは難しいものです。その基準は、その恐怖がどの程度生活や健康状態に影響しているかということになります。自分自身で上手く付き合って生活ができ、とくに困ってもなければ治療の必要はないのです。
反対に、その恐怖が他人から見ると理解しがたい内容でも、患者さん自身や周囲の人が非常に困っていたり、仕事や日常がまわらなくなっていたり、心身に深いダメージを受けたりしているなら病気として治療を受けることがすすめられます。
恐怖症性障害の症状
恐怖症性障害は、その状態によって様々な病気として診断がつきます。そのため、症状も様々ですが、一番の基本は「過度に強い恐怖」があることです。その結果として、
- 恐怖に耐えるための苦痛が大きくて辛い
- 恐怖の対象を避けるために生活に大きな支障がある
など、何らかの支障が出ていると恐怖症性障害と考えられます。
具体的には、
- 仕事上で必要な状況に強い恐怖を感じてしまい辛い
- 恐怖を避けようとして生活・仕事・人間関係に支障が出ている
- 恐怖が強すぎて必要なことができない
- 恐怖や不安をまぎらわそうとしてアルコールやタバコが増えている
- 不眠、食欲減退など体に影響が出ている
- 恐怖の対象のことが常に頭から離れない
- いつ恐怖の対象に会うかと考えたら不安でたまらない
などです。
そのような状態が続くようになると、
- うつ状態
- 意欲や興味の低下
- 喜びなどプラス感情の喪失
- 不眠
- イライラ
- 集中力や判断力の低下
などの症状もおこることがあります。
また、恐怖はからだにも影響を及ぼします。具体的には、
- 胸のドキドキ(動悸)
- 多汗、冷や汗
- 息が苦しくなる
- 頭に血がのぼる
- 吐き気
- 頭痛
- 腹痛
- めまい
- しびれ
などの自律神経症状があります。
これらの症状は、恐怖が与える影響で交感神経が過度に緊張した結果おこります。どのような症状がおこるかは個人差がありますが、多くの場合は複数の症状が現れます。からだの症状がよけい不安をあおり、恐怖の対象への過度な緊張や回避が強まってしまうのです。
治療が必要な恐怖症とは?
治療が必要な恐怖症について、もう少し具体的に見ていきましょう。
上でもお伝えしたように、恐怖は本来人間の自然な感情です。その感じ方や対象には個人差がありますが、怖いものが何も無い人はまずいないでしょう。恐怖と上手く付き合ったり、恐怖の対象を避けても生活に支障がなく、自分も周囲も大して困っていないなら無理に治療をする必要はないのです。怖いものや苦手はある方が普通です。
では、どのようなときに病気として治療がすすめられるのでしょうか?その基準は、
- 本人や周囲の人の精神的・肉体的に負担が大きい
- 日常生活や仕事に大きな影響が出ている
のいずれかに当てはまるときです。
このことは診断基準にも明記されていて、
- 本人に著しい苦痛があること
- 社会的な職業的な障害があること
の2点が診断に必要とされています。
ですから、自分がそこまで困っていなくて、周囲ともある程度うまくやれているならば、過度に悩む必要はありません。現実的な解決策などをみつけていきましょう。
一般的によく知られている恐怖症の1つ「高所恐怖症」を例にとってみましょう。高い所が苦手という方は意外に多いですが、そのまま問題なく生活している方が大勢います。普段、高い所を避けて暮らせる環境なら特別困ることもなく、ただ「高い所が苦手」というだけのことになります。
しかし、
- 海外出張が多く、飛行機に乗るたび強い恐怖を感じる
- とび職なのに、転落をきっかけに高所恐怖症になってしまった
- 程度が重症で、階段やエレベーターを使うのも怖い
などの状態になると、精神的な負担や生活への支障が明らかに大きいと考えられます。この場合は治療を受けることが望ましいでしょう。
それから、電車やバスに乗るのが怖い、囲まれた空間全般が怖いなど、恐怖を避けて暮らすと明らかに不便が生じ、それを我慢するがために毎日が苦しいと感じるような場合にも治療がすすめられます。
また、恐怖で問題になりやすいのは「対人・社交への恐怖」です。例えば、会食が怖い、電話が怖い、プレゼンが怖い、人前に立つのが怖いなどです。もちろん、対人全般に強い恐怖を感じてしまう場合も含まれます。
これらも「苦手」の範囲でおさまっていればいいのですが、その恐怖を我慢して社会生活をおくるために精神的・身体的な負担が重かったり、恐怖を避けるために仕事や人間関係に大きな問題が出ていたりとなれば、病気として治療がすすめられます。
さらに、恐怖の対象がとても多く、常に何らかの恐怖を感じながら生活をしているということであれば、それは非常に辛いことです。一般的に「怖がり」という人はめずらしくないですが、その程度が強すぎて日常生活に困難を感じたり、体調不良がおこったりするようになれば病気と判断することができます。
恐怖と不安の違い
「恐怖」と「不安」は、一般的には似たような意味で使われています。しかし、本来この2つは異なります。その区別は、
- 不安=対象がない
- 恐怖=具体的な対象がある
ということです。
不安は漠然とした感情で、敵がハッキリと見えません。このため捉えようがなく、対応が難しいものです。1つ不安のタネが解決したように思えてもすぐ次の不安が生まれ、頭の中でふくらんでいきます。「何が不安かよくわからないけど、とにかく毎日が不安」と訴える方もいます。
それに対して恐怖は、向かうべき敵がハッキリしています。例えば、高い所が怖い、ヘビが怖い、電話が怖い、対人が怖いなどです。「怖い」は「激しく苦手」と言い換えることもできます。「自分が何に対して苦手意識を感じているのか」という対象があり、また限定されていることが多いため、対策が立てやすいのです。
目の前に苦手とする対象や場面があり、そこで心身が激しく緊張する状態は「恐怖」です。からだにも急激な変化がおこり、一気に心拍数や呼吸が速くなったり、大量の汗をかいたり、吐き気をもよおしたりということもおこります。
一方、不安はもっとモヤモヤとした慢性的な感情で、主に目の前には無いものや状況に対して漠然とした嫌な感覚になります。しかし、そんな不安の下地には、特定の恐怖が関わっている場合が少なくはありません。
社交不安障害を例にとってみると、症状としていくつかの○○恐怖を抱えている方が多くいます。例えば、電話恐怖、スピーチ恐怖、会食恐怖などです。普段の対人に問題の無い方でも、自分の特別苦手な場面でだけは激しく緊張し、からだもこわばって上手くできなくなってしまいます。
そんな恐怖体験が積み重なるうち、「またあんな風になったらどうしよう」と予期不安が高まり、同じ恐怖を感じたくないがためにその場面を避けたり、精神的に強い我慢をしながら過ごすことになり、仕事や社交そのものに自信を失い、不安と回避の悪循環におちいってしまいます。
そのように、恐怖と不安は異なるものですが、密接につながっている部分もあります。漠然とした不安はコントロールが難しいですが、その元になっている恐怖の対象「自分は具体的に何が怖いのか?」を探り、正体が見えるようになれば克服がしやすくなります。
恐怖も不安も、生活に支障が無い範囲なら自然の感情です。どちらも危険を避けようとする本能的な働きで、恐怖や不安があるからこそ人は準備をして備えることができるのです。上手く付き合えれば害になるようなものではありません。
けれど、恐怖や不安が過度に高まると、仕事や人間関係に大きな支障が出たり、精神的・身体的な負担が重くなっていきます。強く継続する恐怖や不安はからだにも影響しますので、自律神経のバランスが崩れ、動悸や不眠など様々な症状が現れるようになります。その段階になると、恐怖や不安は1つの病気として見ることができます。
恐怖症性障害の分類
恐怖が関わる恐怖症性障害には様々な種類があります。それらを大きく分けると、
- 他の病気と関わらない単一の恐怖症
- 社交・対人への恐怖症
- 逃げ出せない状況への恐怖(広場恐怖症)
- 強迫性障害に関わる恐怖
- その他、異質な恐怖
と分類することができます。順番にみていきましょう。
①他の病気と関わらない単一の恐怖症
恐怖の対象が限定されており、他の不安障害や強迫性障害などの要素が見られないものは、単独の「限局性恐怖症(恐怖症障害)」に分類されます。
このなかには、高所恐怖、閉所恐怖、先端(針・刃物)恐怖、蛇恐怖、血液恐怖などが含まれますが、世の中のありとあらゆる物・動物・状況が対象となり得ます。
一般的には何が怖いのか理解しがたいものでも、患者さん自身が激しい恐怖を感じ、それによって生活が大きく支障されているなら恐怖症と認められます。
例えば、「せみ恐怖」の方がいらっしゃいましたが、せみに対する恐怖が強すぎるがあまり、夏場は一歩も外出ができない状況となっていました。このような場合は、恐怖症として治療の対象となります。
②社交・対人への恐怖症
社交・対人への恐怖には、スピーチ恐怖、電話恐怖、会食恐怖など特定の社会的状況に対する恐怖と、視線恐怖、自己臭恐怖、醜形恐怖など「自分の要素が他人に不快な印象を与えてしまう」という自己に対する恐怖があります。
これらの恐怖により対人全体を避けてしまうような状態になれば対人恐怖症となります。特定の社会的状況に対する恐怖は、ほとんどが社交不安障害と診断されます。
自己に対する恐怖は、軽度なら社交不安障害でも見られますが、その内容が客観的に見て理解できない確信的な妄想のレベルになると、身体醜形障害(強迫性障害の延長線)や他の精神病(妄想性障害、統合失調症など)の症状の可能性も出てきます。
③限定された状況への恐怖(広場恐怖症)
広場恐怖症(agoraphobia)は、「逃げ場がない状況」や「簡単に助けが得られない状況」に対して強い恐怖を感じる病気です。
そのような状況は誰もが不安を感じるとは思いますが、広場恐怖症の患者さんの恐怖は過剰です。例えばバスや電車など、普通の人なら「逃げ場がない」とは感じない状況にも強い恐怖を感じてしまいます。
この恐怖症にはパニック発作(死にそうなくらい動悸がしたり、呼吸が苦しくなって激しく混乱する状態)がともなうことが多く、以前はパニック障害の特徴的な恐怖として扱われていました。
しかし現在は、パニック発作をともなわない広場恐怖も確認されており、広場恐怖はパニック障害とは別の不安障害の1つと考えられています。
④強迫性障害に関わる恐怖
強迫性障害は、くり返し頭に浮かぶ不快な考え(強迫観念)と、それを打ち消すための行為(強迫行為)が止められなく病気です。
以前は不安障害の1種と考えられていましたが、不安の裏に強い「とらわれ」があり、研究でも不安とは異なった脳の機能が関わっていることがわかってきたため、独立した病気として扱われるようになりました。
この強迫性障害には、特徴的な○○恐怖がいくつか挙げられます。汚染(不潔恐怖)、加害恐怖、不完全恐怖の3つがその代表です。その恐怖を打ち消すために、強迫行為がセットになることが多いです。
⑤その他異質な恐怖
ここまでにご紹介した恐怖症は、感覚的には多くの方に理解しやすいものと思います。恐怖の程度はたしかに病的かもしれませんが、その根本は誰しも抱える苦手や恐怖が下地になっています。
一方、通常の感覚では理解しにくい異質な恐怖症というタイプがあります。例えば、
- 常に多くの人から見張られていて怖い
- どこにいても盗聴されていて怖い
など、実際にはおこってないはずの対象や状況に激しい恐怖を感じてしまう状態です。
現実に見張られている事情があるわけではなく、何の根拠もないのにそれが真実と確信し、強い恐怖を感じてしまうのです。
その恐怖が「実際には無いはずなのに」と自分でわかっている場合は、強迫性障害やその他の不安障害などの可能性もありますが、「それが真実だ」と確信してしまっているときは、統合失調症、妄想性障害などの前触れや症状として現れている可能性もあります。
具体的な対象への恐怖症や社交不安障害などは心療内科でも治療が行えますが、異質な恐怖が見られるときには、精神科が専門で治療にあたることになります。
他の病気と関わらない単一の恐怖症
単一の物・動物・状況などに対する激しい恐怖があり、それとの遭遇を避けるために生活が大きく制限されていたり、恐怖を我慢するための苦痛が大きくなると、単一の恐怖症(恐怖症障害)の可能性があります。
恐怖症の診断基準としては、以下のすべてが当てはまることです。
- 特定の対象や状況への強い恐怖と不安がある
- 恐怖の対象は、常に強い恐怖や不安を引き起こす
- 恐怖の対象を積極的に避ける、または強い苦痛を感じながら我慢して生活している
- その恐怖や不安は、現実の危険度に見合わないほど強い
- 恐怖や不安による回避や苦痛は6ヶ月以上持続している
- その恐怖や不安によって、日常に明らかな支障が出ている
「治療が必要な恐怖症」の所で書いたように、多くの方が○○恐怖症を持っています。しかし、大半は日常に支障を及ぼすほどではなく、恐怖や苦手と付き合いながら生活をおくっています。恐怖症として治療がすすめられるのは、
- 本人や周囲の人の精神的・肉体的に負担が大きい
- 日常生活や仕事に大きな影響が出ている
のときです。
恐怖症の対象は、ありとあらゆるものがなり得ます。一般的に理解しやすい「高所恐怖」や「蛇恐怖」などから、「森林恐怖」「巨象恐怖」などのようにわかりづらいものまで実に様々ですが、大まかに分類すると次の5タイプがあります。
これまでに患者さんが認められ、学術用語になったものだけでも200種を超えると言われ、挙げだしたらキリがありませんが、比較的よく見られるものをご紹介します。
①動物への恐怖
【ヘビ・クモ恐怖】
ヘビやクモに対する恐怖は、動物への恐怖症としてポピュラーです。写真や話を聞くだけで具合が悪くなるほど苦手という方もいます。
日常でヘビやクモと遭遇することはそう多くないため、病気というほどにはならないことが通常です。しかし、ヘビやクモとの遭遇に常におびえ、それが頭から離れないほどになったり、部屋でも落ち着いていられないとなれば病気として考えられます。
【犬・猫恐怖】
ペットとして大人気の犬や猫も恐怖症の方にとっては耐えがたい恐怖の対象ですが、犬好き・猫好きな人にはそれを理解することができません。幼いころに犬にかまれた経験や、猫に激しく引っかかれた経験などが下地になっていることもあります。
家族の中で1人だけが恐怖症だとペット問題でかなり辛い思いをすることもあります。犬や猫はペットとして様々な場面で会うことがあるため、まずは周囲の人に自分が恐怖症であることを理解してもらうことが大切になります。
【その他】
動物恐怖、ネズミ恐怖、蟻恐怖、せみ恐怖、爬虫類恐怖、虫恐怖など
②自然への恐怖
【雷・嵐・大雨恐怖】
天災への恐怖は本来人間の自然です。しかし、その程度があまりに強くなり、めったにおこらないはずの雷にそなえて金属のものが一切つけられないとか、少し雨が降ると大雨を想定して外出ができなくなるという状態になれば、病気として考えられます。
【その他】
洪水恐怖、津波恐怖、地震恐怖、森林恐怖、海恐怖など
③血液・医療への恐怖
【血液・外傷恐怖】
血を見るのが怖い、他人のケガであっても見ると具合が悪くなってしまうなど、血や外傷が非常に苦手な方も少なくはありません。多くの場合、血を見ると自分自身の血の気がひき、倒れそうな感覚におそわれます。
医療従事者や警察官などがこの状態だと職業上で問題になるため克服が必要になります。
【注射恐怖】
注射も苦手という方も多いですが、どうしても受けなければいけない予防接種などもあるので、一生注射をせずに生活するのは難しいでしょう。
ある程度の恐怖でやり過ごせるならいいですが、その恐怖が我慢できないほど強く、必要な予防接種や治療が受けられないほどなら恐怖症としての対応がすすめられます。
【歯科恐怖】
歯科治療が怖くて治療に踏み出せないという歯科恐怖症の方はかなり多いです。医療に関する恐怖は実際に痛みもともなうことがあるので、他の恐怖症に比べると精神的アプローチだけでは解決しないこともあります。
そのような患者さんへの対策として、静脈内鎮静法という麻酔を使った治療を行う歯科も増えてきています。半分眠ったような状態になるため、恐怖や痛みをほとんど感じず治療が行えます。精神科のお薬を使っていると併用に注意が必要なので、希望の際には病気治療中であることを必ず伝えましょう。
【病気恐怖】
病気恐怖は、特定の病気について過度な恐怖を感じる状態です。病気が怖くないという人はいないと思いますが、その恐怖の感じ方が異常に強くなり、生活や精神状態に障害がおこっているときは恐怖症と考えます。
具体的には、細菌・ウィルス(感染症)恐怖、がん恐怖、エイズ恐怖、梅毒恐怖などがあります。具体的な病気ではなく、「自分は何か重い病気なのでは」という不安につきまとわれる状態は、病気不安症(心気障害)と考えられます。
【その他】
歯科恐怖、白衣恐怖、手術恐怖、薬剤恐怖など
④状況への恐怖
【高所恐怖症】
高所恐怖症は、一番ポピュラーと言ってもいいほどよく知られている恐怖症です。高い場所が苦手という方は少なくありません。高い場所から落ちれば命の危険に関わりますから、恐怖を感じるのはある意味自然な反応です。
ただ、その程度は個人差が大きく、確実に安全とわかっている建物内の高所であっても激しい恐怖を感じたり、その恐怖から生活上必要な場所にも近づけないようなときは病気として治療がすすめられます。
【閉所恐怖症】
閉所恐怖症は、閉じ込められた狭い空間に強い恐怖を感じる状態です。エレベーターや窓のない部屋など、逃げ出せないような閉塞感が苦手だという方は多いです。少し重度になると、狭いビジネスホテルの部屋は怖くて泊まれないという方もいます。日常に支障がなければ問題はありませんが、状態がひどくなればやはり病気となります。
【暗所恐怖症】
暗い場所が怖いのもある意味自然なことで、夜も完全に暗いと怖くて眠れないという方が意外と多いものです。それでとくに困っていなければ問題ないですが、昼間のように明るくないと怖くていられず、そのせいで不眠症になってしまった場合などは治療の対象になります。
⑤その他
【先端(針・刃物)恐怖】
先端恐怖症は、尖ったものや刃物に対して強い恐怖を感じます。これもある意味自然な反応で、尖ったものや刃物は危険なので恐怖を感じるのは大切なことでもあるのです。恐怖があるからこそ、尖ったものを扱うときは注意しなければという安全への意識が生まれます。
しかし、その状態が重度になり、主婦の方や調理に関わる方で包丁が異常に怖かったり、鉛筆やハサミのようなものまで怖かったりということになれば問題です。そのときは恐怖症として治療がすすめられます。
【集合体恐怖】
小さな穴や斑点などが集まっているのをみると恐怖を感じてしまうことがあります。これを集合体恐怖といったりします。レンコンやハチの巣のようなもの、鳥肌などを見てしまうと恐怖を感じてしまうといったものです。
このせいで料理ができなくなったり、生活で出くわしてパニックになってしまったりするようでは、病気と考えた対応が必要になります。
【窒息・嘔吐恐怖】
窒息や嘔吐が怖いのもある意味自然ですが、そのことを考えただけでたまらない恐怖を感じるというケースがあります。窒息や嘔吐の可能性のあるシーンをとことん避け、とくにその心配がないはずのときも恐怖がつきまとい離れません。
【巨像恐怖】
「巨像」とは、奈良の大仏などの「巨大な像」の事です。あそこまで大きくなくとも、大きな像や人形、彫刻、または巨大な岩や船などに強い恐怖を感じることもあります。自分よりはるかに大きな物への恐怖はある程度自然であり、日常生活に支障を及ぼすことは少ない恐怖です。
しかし、日常的に恐怖の対象を目にする機会があり、それによって強いストレスや支障を感じるようなら治療の対象になります。
【その他】
風船恐怖、唾恐怖など、恐怖の対象は様々です。
社交・対人への恐怖症
社交・対人への恐怖には、様々な「〇〇恐怖」があります。
それらの恐怖は、大きく次の2つに分けることができます。
- 苦手なシチュエーションへの恐怖
- 身体の症状や欠点に対する恐怖
社交・対人への恐怖は、単一の恐怖症とは異なり、対象になっている人や状況そのものが怖いわけではありません。
人と接したときに「悪く思われるのではないか」「周囲に不快な印象を与えているのではないか」という不安が下地になっています。このため診断名としては、「社交恐怖症」ではなく「社交不安障害」となっています。
元々過敏で神経質な性格が関わっていることもありますし、過去の辛い人間関係での挫折経験や、失敗して笑われた体験などが元になっていることもあります。
苦手なシチュエーションに関する恐怖
【スピーチ恐怖】
人前で注目を浴びながら話をするスピーチ、会議、プレゼンなどでは、多くの人が緊張します。できることならやりたくないと感じている方は少なくありません。けれど、仕事などでやむを得ないとなれば、緊張しながらもやり遂げられ、だんだんと慣れてくるのが通常です。
しかし、社交不安障害の患者さんの感じる恐怖は、通常の人が感じる緊張のレベルを超え、そのことを考えるだけで具合が悪くなったり、怖くてその場を避けてしまったりします。そのことでさらに自信を失い、慣れるどころかますます恐怖が強くなる悪循環におちいっていきます。
【電話恐怖】
社交不安障害の患者さんでは、直接の会話以上に電話を苦手とする患者さんが多いです。電話では相手の表情も動作も見えないため、「自分の言葉で相手が不快になったのでは?」「こんな言い方でちゃんと意図が伝わっているだろうか?」など、自分の想像の中で緊張感が高まっていきます。
【会食恐怖】
レストランなどで外食をすると、いろいろな人から見られていると感じて緊張してしまいます。とくに相手が親友や家族でない場合、相手に対しても迷惑をかけていないかと気になってしまいます。
このようにして筋肉がこわばってしまい、「うまく料理を切れないのではないか?」「うまく喉を料理が通らないのではないか?」「おいしそうに見えないのではないか?」と気になって、会食恐怖になってしまいます。
会食恐怖は、「食事恐怖」とは異なります。1人で食事をすることや、親しい家族と自宅で食卓を囲む分には問題ないことがほとんどです。食べる行為自体に恐怖を感じる「食事恐怖」の状態は、拒食・過食にともなう摂食障害の症状の1つと考えられます。
【デート恐怖(異性恐怖)】
女性よりも男性に多いのですが、異性とデートすることに恐怖を感じる方もいらっしゃいます。
彼女と会うときに緊張しすぎてしまったり、一緒にいることが周りから注目されているのではと気になってしまいます。自分に自信がなく、相手につまらない思いをさせているのでは、とか、周囲から見て不釣り合いに見えていないだろうか、など様々なことを気にするあまり、かえって自分の良さが発揮できなくなり、デートが上手くいかない経験が積み重なるごとに恐怖が高まってしまいます。
【書痙(しょけい)】
書痙とは、人前で字を書くときに手が震えてしまうことです。人前で記帳しなければいけ冠婚葬祭の受付時や、目の前に人がいる状態での書類書き、サイン、黒板への文字書きなどで緊張し、手が震えて上手く字が書けず、そのような機会に強い苦手意識を持ってしまいます。
「ちゃんとした字を書かなければ」「間違ってしまったらどうしよう」などの緊張から手が震え、手が震えることで「変に思われてないだろうか」という恐怖が高まります。
身体の症状や欠点に対する恐怖
【赤面恐怖】
赤面恐怖とは、緊張して顔が赤くなってしまうことへの恐怖です。周囲から見ればとくに気にならないことが多く、場合によっては可愛らしく好印象になることもありますが、本人は「顔が赤くなったら変な奴と思われないだろうか」「相手に不快な印象を与えないだろうか」と悩み恐怖を感じている状態です。
【発汗恐怖】
発汗恐怖は、緊張によってたくさん汗をかいてしまうことへの恐怖です。緊張したら急激に汗がふき出すという方もいれば、体質的な汗の多さを気にしてますます緊張が高まる悪循環になる方もいます。
緊張による汗は手にかくことも多いので、「書類を濡らしてしまったらどうしよう」「こんな手で物を受け取ったら不快なのではないか」という恐怖や、デートで手をつなぐことが怖いなどで悩む方もいます。
【ふるえ恐怖】
緊張で体が震えるという方は少なくないでしょう。緊張すると筋肉がこわばるので震えてしまうのです。手や足が震えることが多いですが、口などのパーツや全身が震えることもあります。
「震えているとおかしく思われるのではないか」「足が震えて進めなくなったらどうしよう」「手が震えて物を落としてしまったら、字が書けなかったら」などの恐怖があります。
【吃音(きつおん・どもり)恐怖】
吃音とは、どもり・口ごもりのことです。重度になると「吃音症」という病気になり、言語能力の発達障害などが関わっていることがありますが、社交不安障害での吃音恐怖は基本軽度で、緊張により口ごもってしまうことへの恐怖です。
元々会話が苦手な人が恐怖を感じやすく、会話への苦手意識によってよけい吃音がひどくなる悪循環におちいります。学生時代に口ごもりをからかわれた経験が影響していることもあります。
【表情恐怖】
表情恐怖とは、自分の表情をどのように作っていいのかわからなくなってしまう状態です。緊張で表情がこわばり、相手に不快な印象や不自然な印象を与えていないかと不安になり、その緊張によって表情筋がこわばってしまいます。進行すると笑顔が全くつくれなくなり、さらにコミュニケーションが上手くできなくなってしまう悪循環におちいります。
【排尿恐怖】
排尿恐怖とは、他の人が近くにいるときに尿が出なくなってしまう状態です。これも緊張が関係しています。とくに男性の方は公衆トイレが立ち便器ですので、すぐ横に人がいたり、順番待ちをされていたりすると緊張して上手く尿が出せなくなってしまいます。
【ガス恐怖(おなら恐怖・腹鳴恐怖)】
ガス恐怖とは、「ガスが漏れて周りに迷惑になるのではないか」「周りの人からバカにされるのではないか」と恐れることです。「お腹が鳴ってしまうのではないか」という腹鳴恐怖も同じように腸管内のガスによる恐怖になります。
確かにおならやお腹が鳴るのは恥ずかしいことですが、誰しも生じる生理的なことです。過度にとらわれてしまうことで、ストレスから過敏性腸症候群になる方もいらっしゃいます。腸の動きが乱れて便秘や下痢になるので、さらにガス恐怖が悪循環してしまいます。
【視線恐怖】
視線恐怖は、他人の視線が過度に気になってしまう状態です。誰かと接しているときだけでなく、通りすがりの他人からの視線も気になったり、周囲の人が自分を見ているような気がして恐怖を感じます。
社交不安障害の視線恐怖では、「視線」そのものが怖いわけではなく、「周囲の人に自分が変に思われていないだろうか」という恐怖です。実際には特におかしなところは無かったとしても、自分の動作や外見が人から見て変ではないかと気にし過ぎることでおこる恐怖です。
一方、「周り中の人が自分を見て悪口を言っている」「常に嘲笑の的になっている」など、現実とは違う確信めいた恐怖を持つ人もいます。その場合は、統合失調症などの前触れの可能性もあります。
【自己視線恐怖】
視線恐怖は、「他人からの視線」への恐怖です。一方、自己視線恐怖は、「自分の視線が相手に不快な印象を与えているのではないか」という恐怖になります。
対人恐怖の人は、他人と目線を合わせるのが苦手という方は多いです。目線が泳いでしまい、相手が変に思ったり嫌な印象を与えたらどうしようという恐怖を持つ患者さんは少なくありません。
けれど、自己視線恐怖が重度になると、「自分が人を見ると相手に迷惑がかかる」と思い込んでしまっていることもあり、極度な自己評価の低さからくる醜形恐怖の1種として現れていることもあります。
【自己臭恐怖】
自分臭恐怖は、「自分が臭くて他人に迷惑をかけているのでは」という恐怖です。体臭を気にされる方は多いですし、実際に強い体臭を持っているなら気にするのは自然かもしれませんが、自己臭恐怖では現実以上に「自分が臭い」「他人が自分を臭いと思っている」「臭いと嫌われてしまう」と過度な恐怖を抱いてしまいます。
本当は周囲からは気にならない程度の臭いだったとしても、本人は「自分が臭い」と確信しています。そして、他人の行動と自分の匂いを関連付けようとします。例えば、電車で前に座っていた人がマスクをつけたら、自分が臭いせいだと思い込んでしまうのです。
【醜形恐怖】
醜形恐怖は、自分の身体の一部や全体が醜いと思いこんでいて、こんな醜い姿では周囲の人を不快な気持ちにさせてしまうという恐怖です。
外見へのコンプレックスは多くの方が抱えてはいますが、普通は「これが人に迷惑をかける」「こんな容姿では生きていけない」とまで思い込むことはありません。
一般的に見てからかわれやすい部分を持っている人が悩むのは、まだ理解がしやすいのですが、醜形恐怖はむしろ美しいと評価される部類の人にも見られます。「自分の目つきがおかしい」「左半分の顔が歪んでいる」など訴えますが、周囲から見れば普通かむしろ整っていたりするのです。
極端な例では、せっかく美しかったはずの顔を何度も整形し、それでも恐怖から逃れられず整形依存におちいることもあります。
対人恐怖症について
対人恐怖症は多くの方が耳にしたことのある恐怖症と思いますが、実は「対人恐怖症」という独立した病名はありません。対人恐怖症は、対人関係において恐怖を感じる病態をひっくるめた概念です。
軽度~中程度の対人恐怖は、「人見知り」「引っ込み思案」などの性格の延長線上にあるものや、人前や対人での失敗をきっかけに、社交の場面で強い緊張や恐怖を感じるようになってしまったケースなどがあります。
これらは主に社交不安障害の1つとして考えられ、対人恐怖症の多くが社交不安障害として診断されます。その程度に差はあるものの、基本的には通常の人が持つ対人への緊張が過度になってしまった状態です。緊張型対人恐怖症と呼ばれることもあります。
赤面恐怖、電話恐怖、デート恐怖など限定的なものから、極度のあがり症や対人関係全体が苦手で苦痛という全般性のものまで、幅広くこれに含まれます。
一方、重度の対人恐怖は、「自分が醜くて(臭くて)周囲の人がみんな自分を嫌っている」「周囲の人が常に自分を蔑んで見ている」と現実とは離れた事実を思い込んだり、見知らぬ人と接することさえ怖くなって社会生活が困難になってしまうほどのレベルになります。こちらは確信型対人恐怖症と呼ばれます。
確信型対人恐怖症は、身体醜形障害や妄想性障害の身体型として診断されることがあります。
しかし、社交不安障害においても自分の容姿が醜いのでは、変に思われているのではという恐怖や、周囲からバカにされている気がして怖いなどの症状はありますし、現実にイジメなどにあっていて悪口を言われているというケースもあります。
その境目は難しいものですが、現実の事実に比べ、患者さん自身の思い込みが強すぎて確信めいているときは、身体醜形恐怖や妄想性障害となり、医師が客観的に見て理解のできる範囲なら社交不安障害の症状として考えます。
また、社交不安障害の患者さんは「自分の恐怖が強すぎるものだ」と感じていて、恐怖を何とか克服したいと考えています。ですが身体醜形恐怖障害や妄想性障害の患者さんになると、その恐怖は揺るぎない事実だと確信していて、恐怖の方ではなくて醜い(と思い込んでいる)自分の容姿や存在自体を何とかしたいと考えています。
それ以外にも現実に他の症状があり、そこから対人への苦手意識が高まっているなら、他の病気が下地になっていることも考えられます。
例えば、
- 気分の波で安定した人間関係を築けないことが本質→双極性障害
- 脳の機能的な異常で思考障害が生じていることが本質→統合失調症
- コミュニケーションの取り方が分からないことが本質→発達障害
- 気持ちの落ち込みで悲観的になっていることが本質→うつ病
これらの症状は、ときに合併することもあります。例えば、生まれもっての気分の波のせいで人間関係で失敗体験をし、他人から悪くみられるのではという恐怖につきまとわれてしまったとします。この場合は、双極性障害と社交不安障害(対人恐怖症)の合併と考えます。
逃げ出せない状況への恐怖症(広場恐怖症)
広場恐怖症(agoraphobia)は、「逃げ場がない状況」や「簡単に助けが得られない状況」に対して強い恐怖を感じる状態です。
広場恐怖症と言うと広い場所が怖い病気と考えたくなりますが、この「広場」は一般的な広場のイメージとは少し異なります。広場恐怖症の「広場」はギリシャ語の「アゴラ(広場)」に由来しています。古代ギリシャでは広場は集会の場で、非常に多くの人でごった返し、身動きが取れず逃げ場のない状況となることが多かったのです。
現在でのイメージとすると、イベントなどで多くの人が集まると身動きが取れず、具合が悪くなってもどうしようもないような状況がありますよね。電車やバスなども、急に具合が悪くなっても簡単には避難できません。広場恐怖症の患者さんは、そのような状況に強い恐怖を感じます。その場で自分の具合が悪くなったとき、逃げることも助けを呼ぶこともできなさそうな場所が非常に怖いのです。
そのような状況としては、様々なものがあります。人ごみ、電車やバス、飛行機や新幹線、美容院や歯医者、トンネルやエレベーター、さらには窓のない部屋なども恐怖の対象になります。
普通なら美容院で「逃げ出せない」と感じることはないですし、何かあればいくらでも助けを呼べる環境に思えますが、広場恐怖症の方は一定時間席に座って離れられない状況がとても苦手です。頭では大丈夫とわかっていても、そこから逃げ出せないような恐怖にとりつかれてしまうのです。
広場恐怖の診断基準
広場恐怖では、以下の5つの状況のうち、2つ以上について明らかな恐怖・不安があり、それを避けてしまうことが診断の基本になっています。
- 公共交通機関を利用すること(自動車・バス・列車・船・航空機)
- 外の広い場所にいること(駐車場、大きな橋の上、市場など)
- 囲まれた場所にいること(劇場、映画館、広いお店など)
- 列に並ぶこと、人の群れの中にいること
- 家の外で1人になること
この中で単一の対象にだけ恐怖を感じるというなら、広場恐怖とは診断されません。その場合は、別の恐怖症の可能性が高くなります(高所恐怖症だから飛行機が怖い、閉所恐怖症だからバスが怖いなど)。
広場恐怖では、「自分がコントロールできなくなるかもしれない」と予想される複数のシーンで強い恐怖に襲われ、その恐怖から逃げたいために苦手な場所を避けようとします。
その恐怖や不安、回避は持続的で6か月以上続き、生活上大きな障害がおこっていることも重要な診断の基準です。
自分の病気を理解している親しい人が一緒だったり、慣れて落ち着いた環境なら比較的恐怖が弱くなる傾向があり、場所そのものへの恐怖というより、「自分がコントロールできないことへの恐れ」「不慣れな場所で1人になることへの恐れ」が下地になっています。似たような意味で、外出恐怖、街路恐怖などの言葉もあります。
広場恐怖にはパニック発作をともなうことが多く、以前はパニック障害特有の恐怖と考えられていました。しかし現在は、パニック発作をともなわない・パニック障害の基準を満たさない広場恐怖があることがわかり、独立した病気として診断されています。パニック障害の基準も満たす場合には、2つが合併していると考えます。
広場恐怖・パニック障害にともなう恐怖
【電車・バス恐怖】
広場恐怖の代表的なものとして、電車やバスがあります。とくに、通勤の満員電車などは息苦しくて閉塞感があり、パニック発作もおこりやすくなります。バスの方がまだ逃げ出せる感覚がありますが、電車でしかも快速や長距離になると怖くて乗れないという方がたくさんいます。
しかし、電車やバスを完全に避けて生活できる人は少なく、怖いからと避けているとますます苦手意識が高まってしまいます。克服のためには、適切な治療を受けてお薬の力も借りながら、少しずつ慣れていくことが大切です。
【飛行機恐怖】
広場恐怖症・パニック障害の患者さんでは、飛行機が乗れなくなってしまうことがとても多いです。高所恐怖によるものや飛行機そのものが怖い飛行機恐怖症もありますが、広場恐怖の方は「逃げ場のない空間」に強い恐怖を感じることが多いのです。
飛行機は避けて暮らせる方もいますが、出張が多い方や海外旅行が趣味の方では辛いことです。恐怖の克服のためには、適切な治療を受けながら対策をたてていくことが大切です。
【歯科恐怖】
広場恐怖症・パニック障害の患者さんは歯医者さんが苦手で行けない方が非常に多いです。その恐怖は一般的な「歯科治療の痛みが怖い」「ドリルの音が怖い」というのとは異なり、「治療中にパニックになったらどうしよう」という強い不安からくるものです。
もちろん、歯医者さんでは多くの方が緊張しますから、最初は単純な恐怖だったのかもしれませんが、パニック発作を経験しそれがくり返されるようになると、なおさら恐怖が高まり治療に行けなくなってしまいます。
パニック障害による歯医者恐怖に限らず、歯科が怖くて治療に踏み出せない恐怖症の方はかなり多いです。そのような患者さんへの対策として、静脈内鎮静法という特殊な麻酔を使った治療を行う歯科も増えています。
半分眠ったような状態になるため恐怖の強い患者さんでもリラックスして治療に臨めます。精神科のお薬を使っていると併用に注意が必要なので、希望の際には病気治療中であることを必ず伝えましょう。
【美容院恐怖】
歯医者さんと並んで広場恐怖症・パニック障害の方が苦手とするのが美容院です。美容院と歯医者さんの共通点は「席に座ると自由に移動ができない」ということで、パニック障害の患者さんはそのような状況に恐怖を感じます。
対策としては、パニック障害の適切な治療を受けると同時に、自分の病気のことを伝えて安心した環境で施術を受けられるような場所を探すこと、可能であれば誰かに付き添ってもらうなどがあります。
強迫性障害に関わる恐怖
【汚染(不潔)恐怖】
「自分や周辺が汚染されたのではないか」という恐怖です。単純な汚れではなく、命に関わる有害なレベルに汚染されてしまっているという感覚が抜けません。重度になると、「軽トラを見たら農薬に汚染されてしまう」などのように、一般では理解できない結び付けになることもあります。
強迫性障害の患者さんは「実際に汚染はされていない」ことはわかっているのです。それなのにどうしても恐怖が離れず大変苦しみます。その恐怖から逃れるために、過度の洗浄行為を行います。手を洗うのが止められない、1日何度もお風呂に入る、部屋のすみずみまでを常に消毒するなどです。また、汚染されるような場所を避けたり、人に「汚染されていないよね?」としつこく確認を求めることもあります。
【加害恐怖】
加害恐怖は、「自分が誰かに危害を加えてしまうのではないか」という強い恐怖です。危害の内容は様々で、「誰かを刺してしまうかもしれない」などの単純な危害や、「卑猥な内容が頭に浮かんでしまう」などの性的危害、「神を冒涜してしまうのではないか」などの宗教・道徳へ反逆することへの恐れがあります。
実際にそのような行為をした経験はなく、するつもりも無いのになぜか「やってしまうのでは」と強い恐怖に追われます。それを打ち消すため、「自分は大丈夫だよね?」と自己や他者に何度も確認をくり返し続けます。
【不完全恐怖】
不完全恐怖とは、「なぜかピッタリとしない」という感覚をひどく嫌うことです。他の恐怖とは性質が異なり、先に恐怖がわくというよりは、何かの行動の後に「なぜかピッタリしないという強い違和感にとらわれ、何とかピッタリさせようと同じ行動をくり返してしまいます。
例えば、本を何度も並べなおす、引き出しの開け閉めをくり返す、数を数えなおすなどです。恐怖と言っても患者さん自身にその自覚はあまりなく、無意識に行動をくり返している場合が多いです。
恐怖のメカニズム
恐怖が形成されていくメカニズムには、脳の偏桃体(へんとうたい)という部位が重要な働きをします。偏桃体は、原始的な「快か不快か」の判断をする役割を持つと考えられています。
ある対象に対し偏桃体が「快」と判断すれば、からだはリラックスし、喜びや安心などの感情が生まれます。反対に「不快」と判断すれば、その対象から逃げたり戦ったりするために交感神経が激しく緊張し、からだは逃走・戦闘モードに入ります。恐怖は、偏桃体がある対象を「不快」と判断したときにおこる感情です。
元々恐怖は、自分の身に危険がおよぶものを避けるための大切なシグナルです。偏桃体に伝わった情報は、さまざまな身体の恐怖反応を引き起こします。血圧上昇や心拍数の増加、呼吸数増加、抗ストレスホルモンの増加などです。体が激しく緊張するのは逃走・戦闘モードに入ることで危険をかわそうとする野生の本能です。
動物実験で偏桃体に電気刺激を与えると、恐怖や怒りなどの反応を見せるという結果が報告されています。また、扁桃体が損傷されると反応が低下し、危険なものを近づけても逃げようともしなくなります。このことから、恐怖→逃走・戦闘という流れの最初を判断するのは偏桃体と考えられているのです。
恐怖症の患者さんでは、この偏桃体の働きが過度になり、本来さほど危険ではない対象や状況に対し、強い恐怖を感じてしまう状態になっていると考えられています。
また、恐怖を感じた状況をインプットし、恐怖体験を学習していく過程には脳の海馬(かいば)という部位が深く関わります。とくに、状況に対する恐怖では、海馬の働きが強く関わっています。海馬は「記憶」を司る部位です。海馬で処理された情報が偏桃体に伝わり、恐怖が生み出されます。
恐怖が固定化されてしまうと海馬の役割は小さくなりますが、反対に恐怖を消していく過程では、海馬に新しい記憶を塗り重ねていくことが重要になります。恐怖症を克服していくには、海馬に刻まれた恐怖の記憶を、「怖くない」という体験で塗り重ね、新しい記憶を構築していくことが大切と考えられています。
恐怖に対する治療では、過敏になってしまっている偏桃体の機能をやわらげるお薬と、恐怖の対象に少しずつ慣れ、海馬に新しい記憶を塗り重ねていく精神療法の併用が基本になっています。
恐怖症の治療
現在は、恐怖を感じる脳のメカニズムも少しずつ解明されてきており、克服のために有効な精神療法やお薬もわかってきています。時間はかかりますが、専門家の指導の下でお薬を使い、恐怖に慣れていくようにすると、上手く付き合って生活ができる範囲に落ち着いていきます。
ただ、強迫性障害や妄想性障害などに関連している恐怖は複雑で、単純な恐怖症や社交不安障害より治療は難航します。また、恐怖の対象が現実離れして重度になると、本格的な精神病としての治療が必要になることもあります。
基本的な恐怖への治療法は、
- 恐怖を感じる偏桃体への薬物療法
- 恐怖の記憶を塗り替えていく精神療法
の併用です。お薬の力を借りながら苦手に向かい、脳に刻まれた恐怖の記憶を塗り替えていく精神療法が有効です。
治療に対する考え方は、生活への支障の程度によって異なってきます。大きく分けると、以下の2つになります。
- 少しずつ慣れていって根治を目指す
- 苦手な状況の時だけお薬でやり過ごす
恐怖症の薬物療法
恐怖が生じるには「偏桃体」が大きな役割をしています。この部分が過敏になると恐怖を感じやすくなります。ここにアプローチできるのはお薬の力です。
恐怖に対して使われるお薬は、主に2つになります。
- 抗うつ剤(SSRIが中心)
- 抗不安薬
抗うつ剤のSSRIは、脳内のセロトニンを増やすお薬です。セロトニンには偏桃体の活動を活発にするグルタミン酸神経の活動を抑える働きがあります。恐怖を生み出す偏桃体の働きを抑制することで、恐怖や不安と、からだの交感神経の過度な緊張を緩和させることができます。
しかし、SSRIなどの抗うつ剤の難点は、即効性に乏しいということです。効果が出てくるまでに時間がかかってしまいますが、恐怖は急激に襲ってくるものです。恐怖を感じると恐怖記憶が再活性化するので、恐怖を速やかに抑える即効性のお薬も補助として使います。それが抗不安薬になります。
抗不安薬は偏桃体に作用するわけではなく、リラックスに関わるGABAの作用を強めて脳の活動を全体的に抑える働きがあります。
このように根治を目指していくならば、抗うつ剤と抗不安薬の併用が一般的です。苦手な状況をやり過ごすだけであれば、抗不安薬を必要な時に服用するというのも方法です。抗不安薬だけでなく、βブロッカー(ふるえ止め)や抗コリン薬(発汗止め)なども、適宜使っていきます。
恐怖症の精神療法
偏桃体の過度な働きはある程度お薬で抑えることができますが、恐怖の克服で大切なのは「恐怖記憶を安心の記憶で塗り替えていくこと」です。
そのためには、認知療法(認知行動療法)・暴露療法(行動療法)・森田療法などの精神療法を行っていきます。
認知療法では、物事のとらえ方で(認知)を明らかにしていき、それを適切な形に修正していくことで治療していく方法です。同じ物を見ても認知の仕方によって別の感情がひき起こされ、行動に結びついていきます。認知と行動はとても密接に結びついているのです。
認知を修正することで行動をかえていくこともあれば、行動によって認知を変えていくこともあります。このため、ひっくるめて認知行動療法といわれることが多いです。不安や恐怖の認知行動療法では、認知だけでなく行動にも力を入れていく必要があります。
また、とくに行動に焦点をあてた暴露療法も行われます。不安や恐怖という感情は、永遠に続くものではありません。本来は時間が経つにつれて軽減していくものです。そのことを実感として得るために、あえて恐怖を感じる場面に向かい慣れていくのが暴露療法です。不安階層表を作っていただき、不安の少ないものから慣れていきます。
森田療法は、「とらわれ」が強い恐怖に対しての独特の治療法です。森田療法では不安や恐怖という感情は仕方がないと受け入れることから始めていきます。その上で、恐怖にとらわれることなく、自分の真の欲望に従った行動を行えるようにしていきます。
ある程度の不安や恐怖は人生でつきまといます。恐怖の治療は恐怖や不安を無くすことではなく、自然なものと受け止め、上手く付き合っていくことが目標になります。
精神療法は、お薬と違って時間がかかる治療法です。しかしながら、地道に積み重ねていくことで、お薬と同等以上の効果も待できることが分かっています。さらにいえば、物事の受け止め方が変わるので再発予防効果があります。
一番望ましいのは、薬物療法と精神療法を組み合わせて行っていくことです。精神療法で恐怖を克服するためには、どこかで行動していかなければならない段階があります。そんな時にお薬は、恐怖と向き合っていくサポートになるのです。いわばお薬という鎧を付けながら、恐怖と戦って克服していくのです。
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執筆者紹介
大澤 亮太
医療法人社団こころみ理事長/株式会社こころみらい代表医師
日本精神神経学会
精神保健指定医/日本医師会認定産業医/日本医師会認定健康スポーツ医/認知症サポート医/コンサータ登録医/日本精神神経学会rTMS実施者講習会修了
カテゴリー:恐怖症性障害 投稿日:2023年3月23日
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